第277話 蓋をしていない落とし穴
事の顛末を聞いて「奴ら意外と俺の事を気にしていたんだな」と意外に思っている俺、クルトンです。
「もうちょっと・・・ではないわね。いい加減自分が他者からどう思われているか想像を巡らせるために頭を使った方が良くてよ。
他人の評価なんて気にしていないのでしょう?だから周りが迷惑するのよ」
結構気にしているつもりですけど、迷惑・・・かけてますかね?
「貴方の場合はそれに見合う成果を出し続けているから誰も何も言わないだけです。
成果に対して無茶な要求もしませんしね。
実のところ”そこだけ”英雄の振る舞いをされると、私たちはもう何も言えなくなるのですよ」
困った様に笑いそう言う。
『英雄』・・・結構前から、初めて魔獣を討伐した時から度々俺に向けられる言葉。
正直未だに実感が無い。
皆を守る為に力を揮う事は一瞬でも躊躇ったりしない、でもホイホイ神輿として担がれたり、呼ばれても居ないのにしゃしゃり出るってのも違う様な気がするんだよなぁ。
「心配なんかしなくてもいいわ、英雄には面倒事の方から寄ってきますから。
その時に貴方は民を守るために存分にその力を揮えば良いのですよ」
「『宿命』ですよ」とソフィー様が今度は生暖かく俺を見ながらそう伝えてくる。
自らに降りかかる火の粉を払うに十分な力を持ち得た事には感謝するが、前世の記憶と感情に未だ引っ張られている俺は、この大きな力にはことさら警戒してしまうんだ。
陛下も言っていた力の『代償』が何か未だに分かっていないって事もあるし。
魔力だけであれば簡単なんだけど、最初にハウジングを起動させようとした時にはシンシアが気付く位に存在が希薄になった様だし、実際その事は結構気にしている。
今のところは無茶をせず、ゲームで言う所のレベルアップを繰り返し基礎となる身体能力の底上げを続けていくしかないのだろう。
力の頂、その麓に降り立ってからさほど時間も経っていないのだから。
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ポツポツと仕事を終え家路につく人を横目に、ふらふらと王都を散策している。
それだけを聞けばただふらついているだけの様に聞こえるだろうが、今回は明確な目的が有る。
実はソフィー様から言われた
「貴方は民を守るために存分にその力を揮えば良いのですよ」
と言う言葉にふとゲームで度々話題となる”辻ヒール”を思い出した。
なので今日はこれからそれを実践しようと思う。
”辻”とはいえヒールなら誰も不幸にならないはずだ、程度は有れど。
この世界の人達は前世の地球人とは比較にならない程頑強な体を持っている。
だから怪我や疲労にはめっぽう強いがそれでも限度は有る。
軽い怪我程度なら良いが慢性的な疲労になると地球人と同じで2、3日の休暇を取ったところで疲れが抜けないといった話も良く聞く。
労働は美徳、怠け者は悪と言った価値観を幼少期より擦り込まれるから、この国でちょっと調子悪い位で休む人は(子供以外)殆どいない。
なのでそんな頑張り屋さんの為に認識阻害の恩恵を受けた俺が辻ヒーラーとして街を練り歩こうと思う。
・・・うん、そうです。
治癒魔法協会への嫌がらせです。
健康な人が増えれば治癒魔法協会の仕事の負担が減るでしょう?
単純に収益に影響出るんじゃないですかね?
勿論、恒久的に辻ヒールを行って協会その物の存続を危うくする様なつもりは有りません、俺も忙しいですし。
そう、これは一般市民には利益しかない嫌がらせ。
でも一時的な事であっても協会内の勘の良い人なら思い至るはずです、俺の仕業だと。
そうして仲間内で俺の事を噂するでしょう。
噂であっても協会内部で活発に話題に上がるという事は、極僅かであっても彼らの口から色々な情報が零れ落ちる機会が増すはずです。
本人は意図しなくてもこちらにとっては有益になるかもしれない情報を。
きっとムカデ型収音ゴーレムを使った『裏方』たちの祭りにもう一度火をくべる事になるでしょう。
一応”迷惑”を掛けない様にソフィー様にはこの事を伝えて退出してきましたから今頃あの人たちは協会近くの宿屋で準備を始めていると思う。
どの位影響出るかは分かりませんが、今日から2日後くらいでしょうか。
辻ヒールの噂が囁かれる様になるのは。
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「儂こんなに目線高かったかのう?」
「お祖父ちゃん、腰が真っすぐになってる!大丈夫?」
「目が・・・見える!見えるぞお!」
「え、肩が軽い・・・」
「膝が曲がりやがる!」
「指が動く!切れた腱が繋がった?」
「親方!打つペース落としてください、俺たちが追いつきません!」
「スマン、なんか腕が軽くてよう、良く動くもんだからつい」
うんうん、皆元気になっていく。
流石に部位欠損はあまりに劇的すぎるから今は控えているが概ね良好。
明日には早速この街の話題になって協会の耳にも入ってくれたまえ。
ただこの件、意図的に蒔いた餌とは言え少し心配している事が有る。
この辻ヒール、俺が行っている事を喧伝している訳ではない、なのでこの功績を治癒魔法協会が横取りする事も可能だろう。
俺が成果を譲渡する事はできるが、話も付けずにそれを横取りするなんて事はこの国ではかなり軽蔑される。
手柄、名誉を横取りするなんて汚名はそれこそ孫の代まで呪いの様に付きまとう。
実際こうなってしまうと、家族がいれば当事者との縁を切るのが普通らしい。
家族に汚名が連鎖していかない様に。
以前「俺を外道に堕とすつもりか?」と詰め寄ってきたウリアムさんを思い出す。
今回で言えば『治癒魔法協会』と言う法人が当事者になる。
この場合切られる縁となると何処になるか・・・。
こんなリスキーで見え見えの罠につられて事に及ばないとは思っているが、
もしも、万が一そんな外道に落ちる仕草を見せたのならば、今度こそ手加減はしない。
踏みとどまってくれよ・・・。
俺はこの世界に生まれ、初めて切実にそう来訪者に祈った。
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