第266話 やっと笑ってくれた

夜が明け朝食の準備をしている俺、クルトンです。


今朝は持参した野豚のハムを厚めに切ってフライパンの上でジュージューと旨そうな音と香りを上げさせて焼いている。


特製のハーブ塩で味を調えたら自前で拵えたホットサンドメーカーにスライスしたパンを敷き、今焼いたばかりのハムを乗せ細かく刻んでおいたチーズをタップリ振り掛ける。

更にそこへパンを置いてホットサンドメーカーでギュっと挟み込み火にかける。


俺も量は食べる方なのでこのホットサンドメーカーは一気に2個焼ける様に作った。

なのでそこそこ幅が有る。


熱のムラが出来ない様に軽く炎の上を回すように揺らしながら両面を焼いて、調理スキルが知らせるタイミングで炎からホットサンドメーカーを平らに設えた石のテーブルに移して静かに開く。


ふわっとパンの香ばしい香りとハムの脂の香り、そして酸味にも感じるチーズの独特の香りが俺の鼻に届いた途端に一気に混ざり合い、直接脳へ食欲を刺激する香りへと昇華した。


”グーーー”


うん、もうちょっと。

あと3個・・・いや、6個は焼いてから朝食にしよう。


お茶も良いのを用意した。

ゆっくり食事を楽しもう。



朝食の準備の途中で皆が起きてきた。

テヒニカさん(父)とステスティさん(母)は慌てて手伝うと言ってくれたが特にすることも無かったので、沸いているお湯でお茶を入れてもらった。


そうして合計8個のホットサンドを焼き終わると皆で食べだす。


「クルトンさん旨ーい!」

「うまーい」


そうだろう、そうだろう。

ハムは言わずもがな、チーズもパンも厳選した物を購入、持参した。


そう、俺が食いたかったからだ。


皆とても気に入ってくれた様でホットサンドは直ぐに無くなり、今はお茶を飲みながらまったりしている。



昨日はあんなこと(翼竜の襲来)が有ったもんだから当初の予定をこなせなかった。

あれは明らかに予測できない事故の様なものだから仕方がないと諦めよう、そもそも竜に会えただけでも凄い事なのだから。


親御さんに事情は説明しているし直近では引き続き王都での訓練を続けていこうと思う。




「時に、これから我々はインビジブルウルフ様のご指示に従いコルネンへ向かえば良いのでしょうか」

テヒニカさんが聞いてきます。


そうですね、今のうちにしっかり伝えておいた方が良いだろう。

「その予定です、これからになりますがコルネンには俺の拠点を新たに設けるつもりです。

とは言ってもさほど大きなものではなく、あくまで俺個人の仕事の窓口業務と資産管理を主な仕事とする組織です」


「あの・・・自分たちは教養が有る訳でもなく、その、お役に立てるかどうか・・・」


「ああ、問題ありませんよ。

一度そこに入居してもらうつもりではいますが、そう言った管理業務を任せる予定はありません。

あくまでも俺の故郷、開拓村に行くまでのつなぎです」


そう、とりあえず事務所を空にしないようにするための人数合わせの様なものだ。


俺たちが開拓村に出発するのと入れ替えに、俺に押し付けられたあの7人がやって来るように段取るつもりなので本業の運用はそちらに任せる。



それを聞いてご両親ともホッとしている。

どうやら王都で暫く暮らしたところ都会は嫌いではないが田舎の方が性に合っていた、そう感じているようだ。


いずれ俺と一緒に向かう開拓村は本来通常の村より生活は厳しいのだが、これから国家から人員が入ってくる事で今までよりキツイ仕事は減るだろう。

つまり贅沢しないで暮らすだけなら、テヒニカさん達の村と変わらず開拓村でも住みやすくなるはずだ。


温泉もあるし。


「開拓村にも俺の拠点は作るつもりですが其処では基本農業に従事してもらいます。

俺が農地を開拓してそこをテヒニカさんが耕作、管理するって具合に。

給金も支払いますし俺が開拓した農地であれば土地を分譲しても構いませんよ」


開拓村は連作障害を回避する為ってのも有るのだろう、麦、大豆、ジャガイモを土地ごと、年ごとに回して栽培している。

この農作物はこの国では今のところいくらあっても困らない、どれも主食に成り得る作物。


来訪者の加護持ちの方達に腕輪が行き渡り出生率が上がってくれば必然的に食料が必要になるだろう。

最初は僅かな人口増加も、ある閾値を超えれば爆発的に増えていく。


疫病、戦争、凶作などによる食糧不足等が無ければ確実に起こり得る事だ。


今のうちに開拓を進め、備蓄を含めた食料を確保しないと必ず供給が間に合わなくなる。


開拓事業は国が途切れさせることなく継続してきた事業の為、一から興す必要が無いのは唯一幸運だったが、今以上に灌漑事業とセットで開拓にリソースを裂かないと水と食料の奪い合いで人同士の戦争が起こってもおかしくない。


8千年?ぶりに人同士の戦争が。




腕輪の効果で起こる人口増加、それによる不幸など・・・そんな事にはなってほしくない。


農作物なんてのは天災でもなければ安定的に食料確保できる代わりに、収穫までどうしても時間が掛かるんだ。


だからテホアとイニマの訓練が終わり、俺が国中を走り回る旅に出るその時までは出来るだけ開拓を進めたい。


その為にも俺が旅で寄る土地では、作物の増産を目指して現地の人と協力して事を進めようとも思っている。


そこではスレイプニルも惜しみなく協力してもらう見込み、マーシカだけは連れてこれそうにないけどね。

もうパメラ嬢が自分の物の様に扱い、乗りこなしているから。


寂しくはあるが会おうと思えは十分1日で会いに行ける距離だし問題ないだろう、親離れのタイミングは良く分からないからムーシカ達がどう反応するか・・・。





(しかし・・・釣りのスキルは有っても農業のスキルなんて無かったもんなぁ)

これからを想像しながらスキルの事で少々ごちる。


俺がプレイしていたのはクエストをこなして、目的までの敵を倒していく戦闘メインのMMORPGで、開拓などの育成系シュミレーションRPGでは無かった。


つまり農作物の栽培に関してはチートに類するスキルは全くないのだ。

純粋に俺が今まで培ってきた肉体と知識、魔法のみがこの問題を解決できる唯一のツール。


これだけは程度の差は有れど一般人と変わらないところだ。

いや、俺が劣っているところも多分にあるだろう。





「では私たちはそこで・・・開拓村で農業に従事すれば良いと?」


ええ、どうでしょう、やってもらえませんでしょうか?



「はい、願っても無い事です。もとよりそれしかできませんのでね(笑)」

やっと笑ってくれたテヒニカさんとステスティさん。



大丈夫、あそこは優しい人ばかりですから。

なんたって捨て子の俺を受け入れてくれた村なのだから。

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