第260話 気兼ねなく食事を楽しむのは一つの贅沢

王都を軽く回った後に居酒屋タイフェスネストに寄って食事をしている俺、クルトンです。



タバスコは発酵の為に寝かせているところで、まだ料理に使える状態じゃないらしい。

確か仕込んでから1ヶ月位はかかるはずだから仕方ない。


なので今は唐辛子を少し強めに使ったチキン南蛮を肴に冷えたエールを頂いている。

うん、旨い。

酸味も辛みに合わせて強めにしているからエールと一緒に流し込むと、スッと舌から辛みが引いて次へのスタンバイが完了する、無限に食えるな。


この味は鯵でも問題ないな、王都は海から遠いから試せないところがもどかしい。


「アジってのは海の魚か?」

マスターから話しかけられる。


ええ、焼いても揚げても干物も生でも美味い魚です。

あー、あの味が余計に恋しくなる。


「・・・王都で手に入れるのは難しいだろうな、お前から聞いた今となっては歯がゆくて仕方がない」

苦笑いしながらマスターがお代りのエールを俺に差し出してくる。



おれ海に行ったことないんですけど王都からどの位かかるんですか?


「行った事ないのにアジの事知ってるのか?

まあいい、そうだなぁ通常の商隊が進む速度で・・・十日ってところか」


思ったより掛かるんですね。


俺のマップで確認するとムーシカでなら三日とかからないだろうに、やっぱり”通常”の移動速度との確認はこまめにしないといけないな。

山を一つ越えないといけないから平地を移動する今までの商隊の認識と齟齬が出るんだろうなぁ・・・トンネルでも掘るか?


いやいや、言ってしまってなんだがいくら何でも無理だ。

出来るかできないかで言えば間違いなく出来るが、年単位で俺が工事の為に拘束されるし、何より完成した後のメンテナンスが対処出来ない。

結構かかるんだよ、トンネルのメンテナンスは、金も時間も人材も。

換気の設備も必須だし、そもそも掘削中の落盤や水の処理で死人が何人出るか想像がつかない。

現状俺のスキル、ハウジングに頼りきりの、そんな歪なインフラ事業になってしまう。


公共物でそれは非常にマズイ、俺が居なくなったらトンネルが無かった今の時代に逆戻りって事も大いにあり得る。

街道を石畳にするのとは与える影響が違いすぎる。


しかもトンネル内で落盤なんかの事故でもあったらそこでジ・エンド。

その山その物が巨大な墓標に早変わりだ、笑えない。



「多分グリフォンなら1日だよなぁ・・・でもなぁ・・・」

グリフォンは今のところ野生種を捕獲するしかない。

そして野生種はとても頑強で乱暴で狂暴だ、精霊の加護持ちでもない限りその背に乗るのは叶わないだろう。


上手く乗れたつもりでもグリフォンの気分次第で空から振り落とされる事も大いにあり得る。


実は捕獲できたとしても乗りこなせる人が居るのか?と言った問題が最近認識され始めてきたんだ。


精霊の加護持ちは判明時点で国に登録されるし、この国には珍しく力の強さに応じてランク分けされているそうだからライダー候補を名簿から選抜していく事になるんだろうな。


因みにデデリさんは存命中の加護持ちでは最上位の五つ星。

勿論現在一人だけ。


ここまでになるには強さだけじゃなく、国への貢献度合いも考慮されるそうなので通常なら三つ星どまりらしい。


それでも三つ星持ってるのは国に5人もいないって。


デデリさんはこのままヘマをやらかさなければ、退団後に六つ星へ昇格するそうだ。

亡くなった後も配偶者への限定支給だが遺族者年金が凄い事になるらしいよ。



前から思ってたがこの国の福利厚生かなり良いよな、命を懸ける職務に従事している人に対してだけど・・・俺も星持ち目指そうかな。



「そのグリフォンだと腐らず海の魚が届けられるのか?」

マスターが話に乗ってグイグイ来ます。


まあ、そうなんですけど飛んで運ぶのは大した量も期待できないのでバカ高くなるんですよ、普通は。


「あまり高くてもな・・・ここはそんな店でもないし」


けどそんな悲観する事も無いですよ。


「何か別の方法が有るのか?」



冷蔵、冷凍すればいいんです。

解決しなければならない問題は色々有りますが輸送期間を縮める事で解決するより、この方が大量の生鮮食品を陸路で運べますし多分安全です。


そう言いながらさっき受け取った冷えたエールを木製のカップごと魔法で更にキンキンに冷やして目の高さまで持ってくる。



この前、店のエール樽の保管庫の壁、床、天井に冷蔵、保冷の付与術式彫ったじゃないですか?箱型の荷馬車を準備して同じことをすれば良いんですよ。


「(そんな事をここでしゃべって良いのか?言っちゃあなんだがたまに貴族も居たりするんだぞ)」

顔を近づけ小声で話してくるマスター、ちゃんとこうやって客に気を使ってくれるんだよね、やっぱりそれなりの教養有るよね、ここのマスター。



大丈夫です。

他のお客さんは俺の事なんか気にも留めてませんよ、声も聞こえていません、絶対に。




顔を上げ周りを見渡し客の視線、雰囲気を確認したマスターがぼそりと呟く。


(これが見つける事も、触れる事も叶わないと言われる・・・インビジブルウルフ・・・か)



この会話の暫く後、海と王都を何度も往復するスクエアバイソンに引かれた巨大な箱型馬車が目撃される事になるが、それは別のお話で・・・。

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