第250話 前世

取りあえず重要な話は終わった様だ。

ここに来てようやく出されたお茶に手を付ける俺、クルトンです。



ふー、濃い内容に食傷気味だ。

今日はここまで、明日から本気出そう。



「時にクルトン・インビジブルウルフ卿。貴方は何者なの?」

俺が油断しているところに御母堂が何の前触れも無く話をぶち込んできた。



え、今聞きます?


「貴方が口にした名前、マサミ・・・あれを名乗ってから私の思考は鮮明になり過去の記憶も粗方蘇ってきました。

失った力も・・・万全ではないにしろ揮うのに何の支障もありません。

いえ・・・勘違いさせてはいけませんね。貴方がここ王都、王城に足を運ぶたびに私の意識が現世に手繰り寄せられ、今日”自らの意思”で言葉を発する事が出来ました」


「母上!誠で御座いますか!」

あのいつも冷静な宰相閣下の慌てようが凄い。



ここからソフィー様が諸々の説明をしてくれる。


前国王陛下の弟君の話しから始まる。

その方はとても優秀な方だったそうで、大公として前国王陛下を支え国政の中枢を担う役目を期待されていたそうだ。

しかし当時男子に恵まれなかったクロムエル公爵家が絶家の危機に瀕していた為に、自ら養子縁組を申し入れその後養子となった後に3女のソフィー様を娶ったとの事。


「とても優しい方でしたわ。もう少し一緒にいれたら良かったのですけどね」

少し悲しそうに笑う。


五つあるこの国の公爵家は王家の分家筋ではあるが、長い歴史の中で王家が道を踏み外さない様に監視する対抗勢力としての役割も担ってきた。

その為に必要以上に王家に近づかなかった背景があったにも拘らず、弟君からの直接の養子の申し出に王族、貴族間で暫く議論が紛糾したらしい。

しかしその意思は固く、結局最初の申し入れの通り養子が決まった。


「当事者全員が幸せになる選択肢を示しただけ」、後の弟君の言葉だそうだ。


「何のことはありません。私が前国王陛下に焦がれていた事を知っての行動ですよ。

どうにもならないと諦めていた私を救ってくれたのですよ・・・。

でもね、実のところは都合が良かっただけなのです、あの方もソフィーを好いていましたから」

クスクス笑いながらの御母堂の告白、ソフィー様の耳が赤くなっている。


これによりクロムエル公爵家は訳ありでどこにも輿入れさせることが出来なかった長女、今ここに居る御母堂を弟君の提案で前国王陛下に差し出した。


「姉さまは加護持ちでもないのに幼少の頃から脆弱で、しかし強力なお力をお持ちでいらしたから・・・そのお力の為に政争に巻き込まれるのを危惧して10歳の時に亡くなった事になっていたのですよ。」


死んだ事になっていた為に嫁ぐ際には名も変え、出自もクロムエル公爵家の寄子の貴族の子として戸籍を準備して第三王妃として嫁いだ。


侯爵以上の貴族の中では口にしてはならない公然の秘密。



そして御母堂は自らの力を愛する夫と子供、この国の民へ躊躇う事なく揮った、皆の幸せの為に。


「私の力の効果は単純なのだけど、とても特殊で癖が強いのよ。

記憶と自我を代償に自ら望む運命を引き寄せる、そんな感じの力かしらね・・・でも、そうねもっと賢く力を揮うべきだったと今は後悔しています。

貴方からもらった名前、その概念が持つ知識が教えてくれる、私の力は・・・私の浅はかな『想像力』の範囲でしか効果を発揮できなかった。

本の知識だけではなく皆の言葉に耳を傾け、世界を体験し、その経験を糧に力を揮えていたら・・・」


「母上、それ以上はなりません。

母上のお陰でどれだけの民が救われた事か。」

国王陛下がマジ顔で諭している。



「ふふふふ、そうね有難う。

ふう、昔話はこの話の主旨ではないわね。

では改めて問いましょう。


クルトン・インビジブルウルフ卿、貴方はいったい何者なの?


マサミと言う名、これは正しく自我を持つ名よ。

しかも私たちが知り得ない知識を、膨大な情報を内包している・・・まるでこの世界の外にある知識と力の泉。

それを知り得た貴方の正体は一体?」



俺に皆が注目している。

「以前陛下にも話した事が有りますが・・・、聞きたいですか?」


皆が頷く。

「ええ、多分その時は皆に理解できるように言葉を選んで話したのでしょう?

嘘ではなかったのでしょうけど、今回は貴方の言葉で”正確に”私たちへ伝えて頂戴」



かしこまりました。

では長くなりますが・・・



俺の話は皆からの質問への回答も合わせ深夜にまで及んだ。


俺には前世の記憶が有る事。

前世では日本と言う国で(おそらく)60歳位で鬼籍に入った事。

そこは魔法も特殊な能力も無い代わりに発達した道具に頼って生活が成り立っていた事。

だから当然魔獣などいなかった事。

ただしその世界では人同士の争いが絶えなかった事。

俺の理外の能力は前世のMMORPG(これは説明しても理解してもらえなかった)、遊戯の中で物語の主人公として持ちえた『スキル(技能)』である事。

そのスキルは遊戯の中での空想上の力であって現実世界に存在した物ではなかった事。

そして『正己(マサミ)』は前世での俺の名である事。



皆が黙り込んでいる、いや、陛下は寝てるな。


「転生と言ったか。

生まれ変わりの概念・・・なるほど、今までの我々には無かったものだな」


そうですよね、なんかこの国の人達は「大地に還る」だとかなんか存在が初期化されるような考え方ですもんね。




俺からしたら生きている間に一生懸命紡いできた大事な何かを、死ぬ事で取り上げられるような感覚なんですよ。


命だけではではなく、まるで今までの己が存在した証までもが消されるような・・・。

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