第247話 現神

あの部屋で解散し、内謁の控室に置いてきたポムを迎えに行った後に俺は自分に宛がわれた部屋に向かっている。

一応今回の総括の為に夕食も陛下に誘われている俺、クルトンです。



いつもなら露骨に嫌な顔をする俺だが、今回のあの宰相閣下の尋問の件は分かり難すぎて早めに情報を整理しておきたかった。


少し時間もあるし『ネズナロス教国』だっけか、資料室に寄って情報仕入れておこう。

そう思い立ち行き先を変更、来た道を少し戻って行く。



「こんにちは、クルトン卿。

本日は何をお探しで?魔獣の件でしたらつい先日発表された『キメラ』の論文が有るんですけど・・・皆が挙って求めるもんですから順番待ちの状態で」


いえいえ、構いませんよ。

今日はネズナロス教国の件で調べ物をしようと。


資料室にお邪魔している。

この王城内の資料室は通常の都市の図書館クラスの規模を誇る。

しかも全ての資料がオリジナル、一次情報と言う「資料室って規模じゃねえぞ」って位情報が充実している。


そしてここの司書さん達はしっかりした資格を持ち、厳しい採用試験を潜り抜けた文官でもかなりのエリート集団。

ただこの仕事は読書や研究を優先出来るから就職したって人が殆どらしく、権力、政局には無頓着な人ばかりなのでおしゃべりしても変なプレッシャーが無く、とても楽だ。



「でしたら・・・この宗教コーナーのこの論文が良いでしょうね。

難解ではありますがあの国教の教義と何故か矛盾した国政の方針について理解できるでしょうし」


矛盾ですか?


「ええ、でも私はしっくりくる内容と概念でしたよ。

矛盾を抱えた人の業を良く表していて、決してその現実に背を向けていない姿勢は新興宗教に見られる独りよがりのご都合主義、強引な解釈とは一線を画すものでした」


それなりに歴史のある国なんだろう。

禅問答の様な教義に関わる哲学がしっかり確立されているんだろうな。


ちょっと時間まで読んでおこう。


時間が限られているので論文を走り読みで・・・速読って言うんだっけか・・・ザっと目を通したんだが・・・。


うん、まずいね、この宗教。


いや、多分この教義をもとに国家を700年以上運営出来ているんだから彼らの文化ではうまくいっているんだろうし国民の大部分はそう感じているに違いない。


この国では国王に相当する統治者は教皇が担うので、その人が”まとも”なら何ら問題ない体制なんだけど・・・危うい。



しかし・・・言い方はあれだが前世の感覚で言えばテロ容認してるよな、この教義。


内容は後で検証するとしてこの内容、教義を「しっくりくる内容と概念でしたよ」って言ってた司書さん・・・一応ソフィー様に報告しておいた方が良いよな、テロ予備軍の可能性が有る。

本人は何が問題か認識すらできていないんだろう、でなければあんな発言しないだろうし。


杞憂で終わればいいんだが。



かなりお疲れになっていた宰相閣下も同席しての夜の食事会が始まった。


お体は大丈夫で?


「ああ、心配かけたな。

バニラアイスを食してからぐっすり寝たのでな、問題ない位にまでは回復した。

しかしバニラアイスにラム酒は最高だな」


甘味は疲れに効きますからね、適度なお酒は良質な睡眠をもたらしますし、なにより美味いし。



「それで、昼の件の情報を精査、共有していこう」

そこから宰相閣下の話が始まる。



分かった事は・・・

ネズナロス教国が間接的に関係している事。


・・・それだけ?

いや、本当に?



「なんだ?これだけでも十分だぞ。

奴らが関わった事であれば対応は決まり切っている」


なんでもこれからやる事は”言質を取る”それだけだそうな。


「まずは先方に確認を取る。正式なルートで『こんな事あったんだが、おたくら関係してますか?』とな。

”関係ない”って返事が来れば後はこちらの好きなようにさせてもらう。

要は間者を逐次摘発して処分する」


向こうさんの国民も含まれてるんでしょうから抗議とか来ませんか?


「来るだろうな、しかし我が国での違法行為を摘発するだけだ。

それ以上でも以下でもない。

それにコツがあってな、すべての段取りを整えたうえで事を起こす。

抗議が来る前にすべて終わらせる為にな、裁判も刑罰の執行も」


ああ、抗議来たところで「それで?もう終わってますけど?」ってスタンスを作っておくのか。


前世みたいに通信方法もリアルタイムじゃないしな。

この国でも一番早くて確実な通信手段がデデリさんのグリフォン便だし。


しかし封建国家恐ろしい。



「でだクルトン、その結果が出る前に間者のアタリだけつけておいてほしい。

おそらく向こうからの返事が2か月後位だろうから、それが来たら即摘発できるように証拠を固めておきたい」


承知しました。



「取りあえずそれで我が国へ混乱を起こす事、腕輪の主導権を簒奪する事は暫く大人しくなるだろう」


”暫く”ですか。


「ああ、あの国はしつこいからな。今までの実績から想像するに早くて10年、遅くて50年後には同じ件でちょっかい出してくるだろう」


他にやる事無いんですかね。


「そう言う国だからとしか言えんな。

なんでもそう言った事はキッチリ引継ぎが有るらしい。

難儀な事だがあの国にとって強請り集りの材料を集めるのはルーチンワークみたいなもんだ」


関わりたくない。


「幸いなのは我が国と国境を接していない事だな。

だからこそ、その間に居るベルニイス国との付き合いは最重要案件の一つだ」


ああ、それでなんですね。

かなり友好的でしたもんね、お互いに。



「あの国、ネズナロス教国は”神に愛された国”を自称している。

『来訪者セリアンの従者』の末裔で1万年以上の歴史を持つ我が国への対抗心なのかもしれんが滑稽な事だ。

神などとうにこの世界を見捨てたというのに」



ああ、そう言う設定でしたね。

ん、でも彼らの神は開祖のネズナロス1世の事じゃなかったでしたっけ?

『現神』になったとされる、そう言う設定の。


「ますます滑稽な事だ、知っているか?

我が国の国王陛下は代々正しく『現神』、民に寄り添い、政を担い、国の苦難を救う為に身を捧げる。

去って行った神が残した僅かな良心の残り香を、来訪者セリアンが思想、教義、力として具現化し託してくれた事によって昇華した存在だ。

彼方の『現神』はごっこ遊びの域を出ておらん、権力に担がれて悦に入っているただの子供の遊びだ」



ああ、分かり易い、凄く分かり易い。

資料室に有る論文の主意はこれだった。

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