第243話 魂の名

次の日、王城内の控え室でウリアムさんを待っている俺、クルトンです。


俺は自分が使わせてもらっている部屋から直接歩いてきた。

城内に泊まらせてもらってるし。


そして「やあやあ」と、予定通りにウリアムさんが到着。

それから先に到着して準備も済んでいたメンバーと共にすぐさま会場に移動。


正装したアスキアさんが俺たちを迎えに来て、儀礼に則った口上を述べたうえで先導してくれている。


式典用に今回準備した補助具としての腕輪も各5種類を三つの盆に分け、それぞれお付きのメイドさんが持って俺たちの後を付いて来る。



そして今日は護衛の近衛騎士・・・そう、近衛だ・・俺たちの両脇を固めて本当に内謁なのか?といった物々しさだ。



それもそのはず。

内謁とは言っても向かっている先は執務室ではなく謁見の間。


人数は少ないにしても関係者へ腕輪の正式なお披露目、そして顔合わせの意味合いもある。

これからは主にウリアム宝飾工房で腕輪の生産が進んでいくから「ちゃんと顔覚えておけよ、邪魔しやがったらどうなるか分かってんだろうな?」という意思表示も兼ねている。

何度も言うがこの事業には『来訪者の加護持ち』の命、人類の運命が掛かっているのだから。



そしてウリアムさん以外に一緒にいる人たち・・・

宝飾ギルド本部長のシズネルさん

鍛冶ギルド王都本部長(ややこしい)のシベロさん

行商人代表でポクリートさん(俺が指名した)。

そして俺の合計5名


カイエンさんも巻き込もうと連絡をしていたが、流石に王都まで来てもらう余裕は無かった。

今もコルネン近郊の村を回っている頃だろう、カイエンさんを待っている村も多いからね、仕方ない。




シベロさんはこの事業当初からシズネルさんを通じて素材の融通に協力してくれた人。

当たり前のことだが素材の調達の為には鍛冶ギルドの協力は必須。

これからは特に安定した青銅の合金、この腕輪専用の素材を必要量キッチリ供給してもらわなければならない。

ココが躓くと後工程すべてに影響を与えてしまう非常に重要な役割を担っているギルドだ。


「ようやくだな・・・」

これからが本番です、物品の流通が始まったら暫く窯の火が落ちる事はありませんよ。


「望むところだ、人を救う仕事・・・それこそ鍛冶の本懐だ」

シベロさんの気合いの入り方が凄いな。




そして行商人代表のポクリートさん。

言い方は悪いが今まで行商人は商会、大店の下請け的な位置づけだったが、この腕輪の件に限っては独立した物流組織として商品の輸送業務を担ってもらう為に参加してもらっている。


今後は物流ギルドを立ち上げ、販売業務以外に輸送専門で事業を運営してもらう。

これについては王家として陛下、宰相閣下、チェルナー姫様と、元老院、そして俺が共同オーナーとなり融資する。

立ち上げメンバーに手を上げる貴族家もあったが、少なくとも立ち上げ後しばらくは貴族の影響を受けない様に今回は辞退してもらった。


なので、騎士爵の俺の場合は現金では無く運搬用の騎乗動物、荷馬車などの現物での協力にとどまっている。


この組織は生産した腕輪を国内外各地に滞りなく流通させる事を使命とし、腕輪のアップデートの際は現品の回収作業も担ってもらう。

そう、これから腕輪の”普及”を図るうえで一番キモになる重要な部門で、今後一番成長、人手が増え巨大化していくであろう事業。

だから”俺が”信頼できる人を窓口に指名した。


「ち、ちょっと俺が出張って良い場所なのか?」

ポクリートさんがヒヨっている。


既に逃げるにはタイミングを逸している事は感じている様で、なんだかんだ言っても歩みは止まらず謁見の間に向かっている。




俺も少し緊張してきた。

今日が正式なお披露目、補助具としての腕輪が一般公開可能な公式文書に記録される・・・歴史に刻まれる第一歩。


俺たちの一挙手一投足が後の歴史書、史実に永遠に残るんだ。

責任ももちろん感じるが来訪者の加護持ちの方達への期待を裏切らない様にしないと。


いや、そう考えたら余計に緊張してきた。



そうしているうちに謁見の間に到着、アスキアさんが脇にそれ、俺たちが扉の真正面に立つ。俺とシズネルさんが先頭で二列縦隊に列を整えたところで扉が内側から開かれた。



「クルトン・インビジブルウルフ卿到着いたしました」

静かに、しかしよく通る声でアスキアさんが謁見の間に宣言する。


それを合図に所定の位置、国王陛下の前の絨毯の色が変わっている場所まで移動、

扉が開いた時から目を伏せ、直接国王陛下の御尊顔を見ない様に注意しながら進み膝をつく。



ここからは指示通りに動く、逆に言えば指示が無ければ何もできない。

そう、挨拶の言葉を上げる事も。


・・・コレ内謁だよな?

なんでここまでせにゃならんのだ?



「面を上げなさい、内謁なのですからそんなに緊張しなくても良いわよ」

細い、しかしこれも良く通る声が・・・女性からだろう、声が掛けられる。


恐る恐る顔を上げると、陛下が座るはずのその玉座にはお婆ちゃんと言った方がしっくりくる、小柄で痩せた、しかし背筋はシャンとして鮮やかな赤銅色の髪が長く美しい女性が座っていた。

そして陛下と宰相閣下がその両隣に立っておいでだ。


・・・誰?


陛下から見て下座に居るソフィー様が説明してくれる。

「私の一番上の姉で国王陛下の御母堂。名は捨てておいでですので・・・」


「好きに呼んで頂戴。

今日はインビジブルウルフ卿、貴方が付けた名を名乗りましょう」


一瞬周りがザワつく。


ちょっと待って、無茶ぶりが過ぎるでしょう。


「貴方にとっての大事な名前を今日は私に預けてほしい」


そう優しく俺に伝える。

え、大事な名・・・あっただろうかそんな名前、思い出せるだろうか俺にとっての大事な名前・・・。





「・・・正己(マサミ)」



自然と口からこぼれ落ちる名。

そうだった、前世の俺の名。

まっとうな道を歩んでほしいと、正しい己でいる事を望んだ両親からの贈り物。

俺の為に、俺の分身として生み出された名前。

・・・すまなかったな、今の今まで思い出そうともしていなかった。


気付かぬ間に流れる涙が頰から顎につたい落ちると、小さなシミを絨毯に残した。

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