第244話 「気が遠くなりますな」
周りの人たちが少しざわついている。
「(インビジブルウルフ卿が泣いている?・・・ヒソヒソ)」
「(陛下にも物怖じしない不遜な奴がどうした事だ・・・ヒソヒソ)」
「(御母堂のお力が甦ったのか・・・ヒソヒソ)」
自分で流した涙に驚いている俺、クルトンです。
ああ、忘れていたんじゃない、思い出すのを避けていた訳でもない。
この世界の人達が優しくて、前世の記憶にしがみ付かねばならない様な不幸を体験してこなかったからだろう。
有難い事だ・・・。
「”マサミ”・・・ですか?その名に力を感じます。意味がありそうですね」
あ、ええ・・・ありますね。
「ではこの場で私は”マサミ”と名乗りましょう。
では早速内謁を始めましょうか」
陛下と宰相閣下が苦笑いだ。
今までこの母親に振り回されてきたんだろう、玉座に座る女性を見ているとそんな想像が膨らむ。
「コホン」
ここで宰相閣下が咳払い、場を仕切り直して話を始める。
「では、これより内謁を始める。
事の重大さを鑑みれば正式な式典にて皆の苦労を労い、広く国内外へ喧伝すべきところではあるが物が物だけに秘密が多い。
内謁にて済ませる事、理解してほしい」
もったいなきお言葉で御座いますです。
「ここでは準備してもらった腕輪の機能、それに伴う『来訪者の加護持ち』への影響、国内外へ普及させるにあたっての計画案を説明してもらい、ここに居る者達で情報、認識を共有したい。
・・・ではインビジブルウルフ卿、頼む」
はい、では腕輪の件から。
先にお配りさせて頂きました・・・お手元に行渡っておりますでしょうか?はい、それでございます・・・その取扱説明書に沿って・・・。
「うん、7ページ目からの説明で頼む」
・・・かしこまりました。
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「・・・と言う事で御座いまして、本計画ではバージョンアップを凡そ6ヶ月毎に行い、問題点を解消した最新版の腕輪を長くても18か月毎に加護持ちの皆様にお届けし、交換していく事で性能の向上と動作の安定化、機能の陳腐化、加護持ちの皆さま達の成長、変化に伴い表面化するであろう問題を解消していきます」
ここまでで質問、確認しておきたいことは御座いますか?
ここには加護持ちの方も何名か出席していて、かなり真剣に聞いてもらっています。
自分の事ですからそりゃ真剣にもなりますわな。
”シュタッ”と音が出るくらいに素早く綺麗に右手を上げる方がいらっしゃったので指名します。
30代前半くらいの高身長の男性です。
真上に手を上げているので余計背が高く見える。
で・・・誰ですか?
「アームログ男爵で御座います、以後お見知りおきを。
つきましては腕輪を使用するにあたっての対価についてお聞かせ頂きたいことが御座います」
はい、どうぞ。
「今の説明ですと廉価版とは言え腕輪は1個当たりの費用がかなりのものになるのではないのでしょうか。
しかも定期的に交換するのでしょう?
我が国では後宮を維持しなくても良くなる、その予算と比較したら安価かもしれませんが将来は『来訪者の加護』持ちの方達の多くは市井で一般人と同じ生活ができる事を目指す訳でしょう。
貴族ならともかく一般人が私財の中から腕輪の費用を捻出するには厳しいでしょうし、国が補助金などの予算で面倒を見るとしても、腕輪が普及するにしたがってその理由が軽視されるような気がするのです。」
そうですね、仰る通りだと思います。
私もそれを解決する方法は思いつきませんが、少なくとも二つの制度を整え暫くの間運用していく事でその問題を表面化させない様に出来るのではないかと考えています。
それが何年に及ぶかは分かりませんが・・・。
「気が遠くなりますな・・・してその二つの制度とは?」
まずは腕輪は販売するのではなく貸し出す事にします。
加護持ちの方達は腕輪の所有者になるのではなく、利用者になるという事ですね。
一定期間の使用料を一定額支払っていただく事でイニシャルコストを抑え、後に利用者が増える事で量産によるコストダウンの効果が見込めます。
その為にも腕輪の利用、最新版への交換と回収、それを一貫したサービスとして提供します。
もう一つは・・・予算を付けて頂く為に取引の窓口を国家に限定する事ですね。
国家が一括して腕輪の利用契約を本事業の事業主と契約し、国が各々の国内にいる加護持ちの方へ分配します。
実際のところ必要となる利用費用の捻出方法は各々の国で考えてもらうしか無いと思います。
その国の文化による考え方も有るでしょうから。
窓口も国が担ってもらう事でこちらの管理を一本化できますし、料金を踏み倒される事も少ないでしょうしね。
まあ、国家が料金の支払い拒否なんてなったら、国家間の戦争の火種になるのと合わせて内戦に突入すると思いますよ。
以後サービスを受けれなくなるのですから、『来訪者の加護』持ちの方達を蔑ろにする事ですからね。
一般市民からの突き上げも相当な物になるでしょうから。
「なるほど・・・」
納得するまでは理解はしていないようだがその辺は国、王家がまとめてほしい。
別に俺の案に固執する必要はない。
あくまでも一つの案で合って、そもそも俺は物を拵え、滞りなく供給できるように整えるまでが仕事だ。
この後も細々した質問は続いたが、特別な事も無く説明については終了した。
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「これをもって『来訪者の加護』持ちへの腕輪の試作については終了とする。
今後は宝飾ギルト主導の元、各ギルドで協力し合い量産体制を整え、事業を軌道に乗せてくれ」
国王陛下よりこの宣言がされ、予定されていた内謁がお開きとなる。
しかし、誰もその場を動かない、なので俺も動けない。
国王陛下が謁見の間から退出しないので。
・・・早く帰ってくれないかなぁ。
「ここからは計画を進める為に実務レベルの具体案を検討する。
食事をしながらだから気を楽にして構わんよ、皆の忌憚ない意見が聞きたい」と宰相閣下。
ああ、そうだった。
「昼食挟んで・・・」とか言ってたわ、確かに。
急ぎ謁見の間にテーブル、椅子などがセッティングされていく。
執事さん風の老練な御仁が何名か、魔法を使ってテーブル、椅子などを運びクロスを敷き、メイドさんが整え食器を並べていって、みるみる会場が出来上がっていく。
すげぇな!
各人の動きや導線をお互い邪魔することなく、効率的にしかも優雅に動いている。
見ていてそそっかしい様な所が一つも無い。
あれよあれよと会場が仕上がって行き、完成すると
「では皆、席に着こう!」
いつになく溌溂とした声で宰相閣下が号令をかけると間を置かず旨そうな料理の香りが漂って来た。
ここの料理は全部旨いんだよなぁ~。
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