第239話 進化の可能性
良い感じの場末の飲み屋で食事をしておりましたら何やら不穏な噂話が聞こえてきた。
かなり動揺している俺、クルトンです。
受け取ろうとした皿をぶちまけてしまった。
でも大丈夫、炒った殻付きピーナッツだったから。
拾ってから美味しくいただきました。
一度聞こえてしまうと聴覚が敏感にその会話をロックオンしてしまい、丸聞こえになってしまう。
しかしリーズンボイフ君、やべぇ奴だとは聞いていたがそこまで突き抜けてるのか(汗)
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俺が王城の部屋で缶詰になってた時、検証作業中にプサニー伯爵様が尋ねてきた。
クラスナさんと腕に抱かれた赤ちゃんも一緒に。
「忙しいところ申し訳ない。
息子の名前が決まったので、ぜひインビジブルウルフ卿にもお伝えせねばと伺った次第で」
部屋の中に招きお茶を出す、コヌバリンカ妃殿下の故郷のお茶だから失礼にはならないと思う。
良かった、準備しておいて。
「それでね、早速なのだけれど『リーズンボイフ』と命名しました」
ほう、良い名ですね。
因みに意味は分からないし、あえて聞かない。
「そうでしょう!事後連絡で恐縮ですがインビジブルウルフ卿の称号を頂戴したのです。そのお陰なのか今からかなりやんちゃで(笑)」
ほえ、俺の称号?
「ええ、『リーズンボイフ』は古代語で巨狼の意味が有りますのよ」
「うん、太古の大災害時に世界を蹂躙した絶望の魔獣。
一たびその身を震わせれば衝撃波でその一帯を粉々に吹き飛ばした巨狼の名、『嵐の巨狼(シュトームリーズンボイフ)』とも掛けてあります」
ここでもかよ!
何かありそうな予感はしてたよ、太古の大災害の内の1体じゃねえか。
何体いるんだよ大災害!
「まさしくこの子にぴったりではないか!」
「ええ、強く育つ事でしょう!」
まあ、良いんですけど。
しかし生まれて半月も経ってないのにもう首座ってません?
やたら大きいし。
「でしょう!そうでしょう!
実は『来訪者の加護』を持っている事が判明したのですが、こんなにも丈夫で・・・いやはや、今までの常識を覆す奇跡の子だと一昨日に陛下から直接お言葉を頂戴したのですよ」
プサニー伯爵様ニッコニコです。
「インビジブルウルフ卿があの場にいらっしゃらなければ・・・私もこの子も世界に見捨てられていた事でしょう。
改めて感謝を」
そうクラスナさんが言うと、二人一緒に椅子から立ち上がり、片足を後ろに引いて軽く膝を曲げ腰を落とす。
いえいえ、感謝は既に受け取りましたから、椅子に座ってください、さあさあ。
椅子に座り直してプサニー伯爵様が口を開く。
「それであの時受けた顔繫ぎの件ですが・・・」
治癒魔法協会の件ですね。
「ええ、向こうへの話は通しました。
本部に伺っていただければ『それなりの担当者』が対応してくれるそうです。
一応先ぶれを出して面会の日程を告げてからにしてください、無下にはされないはずです。
私が直接出向いて”正確に”インビジブルウルフ卿の意向を伝えましたから、その辺は問題ありません」
「国の財務を握る一角、プサニー家の顔に泥を塗る事など無いでしょうよ」とニコリと笑うプサニー伯爵、怖えよ!
「清廉潔白で義の為には清貧をも甘んじて受け入れる覚悟が有ってこそのプサニー家。
初代から積み上げてきた実績と信頼、信用、それこそが当家の真の財産。
当家を敵に回す事は正義への反逆であると、わざわざそれを証明しようなどといった愚か者は居りますまい!」
マジ怖えよ!!
敵に回しちゃダメなヤツだよ!
実はここに居るのがラスボスなんじゃねえのか?!
「あなた、素敵!」
「ダゥーー!!」
ああ、アホみたいな絵ずらに見えるが・・・何と言えばいのだろう、ここではこれが常識、公共の福祉に対しこの世界の大部分の人達は当たり前のように責任を果たすんだ。
兵器として誕生した人工生命体の半身を宿している新人類だからなのか、与えられた役割に対し邁進していく人が多い。
考える時間さえもったいないと思っているんじゃないか?
と、感じるくらい愚直に。
・・・そうでもしなければ今まで命を繋いで来れなかったのかもしれない。
俺の感覚からしたら極端なくらい個より公を優先してきたんだろう。
今回、頼んでおいてなんだがプサニー伯爵様の権威は有効に活用させてもらう。
待ってろよ、治癒魔法協会。
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こんな事が有ったんだが、
俺の部屋に来るその前に、ゼロ歳児のリーズンボイフ君が早速一人仕留めてきてたって事か。
ゼロ歳児でこれって事は将来どうなるんだ。
無邪気な暴れん坊になっちゃうとマジで死人が出るぞ。
プサニー伯爵家は代々文官系の貴族って事だったけど騎士団なんかに入団させて躾をしないといかんだろうな。
何気に近衛を含めた騎士団はバケモノ揃いらしいから大丈夫だと思う。
「・・・さっきから料理にかけてるのはなんだ?」
料理人も兼ねた店主が俺に聞いてくる。
タバスコ・・・唐辛子と酢で作った調味料です。
基本なんにでも合いますよ。
かける量で辛さを調整するので最初はちょっとづつかけます。
「試してみたいんだが・・・良いか?」
ええ、構いませんよ。
じゃあ・・・やっぱり肉を使った料理は間違いないでしょうから、このハムステーキへチョイチョイとかけて・・・一口どうぞ。
切り分けたハムステーキにジャム用の瓶に入れている自家製タバスコをスプーンで適量かけると店主に渡す。
フォークにぶっ刺して。
「(ムグムグムグ)美味いな・・・すごく合う。辛さとほのかな酸味が食欲をさらにかき立てる・・・いや、それだけじゃない」
おもむろにカウンターに置いてある俺のカップを掴むと、中に入っているエールをグビグビしだす店主。
ちょっと、俺のエールなんですけど!。
「ふー・・・旨い、酒が無性にほしくなる味になってる。ってかなんでエールがこんなに冷えてるんだ?」
俺、魔法で冷やせるので。
エールは常温でも美味いんだけど、今日は冷えてるのが飲みたかったんですよ。
「・・・たまらんな」
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居酒屋タイフェスネスト。
王都の場末の飲み屋で、知る人ぞ知る名店。
出される料理はどれも旨いが、名物となった唐辛子の調味料を利かせた料理と冷えたエールを目当てにいつも満席だ。
”ガヤガヤ、ガヤガヤ”
「スマンな、今満席なんだ」
「ん?あそこ、マスターあそこ空いてんじゃん」
「駄目だ、あそこは駄目だ。狼の席だからな」
「狼?」
狼の席が埋まるのを見た者はいなかったが、
居酒屋タイフェスネストの店主は独り言が多くなる日が時々あると噂になった。
そして常連達は「その日は格別に美味いエールが飲める!」と店主の独り言が始まるのを心待ちにしていたらしい。
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