第237話 思考の渦

ハイテンションのニココラさんとの会話も段々疲れてきた俺、クルトンです。


それはともかく商談を進めている。

”あの”指輪について。

何のことは無い、ただ男性ホルモンを活発に放出するように”促すだけ”の指輪なのだが、目覚ましい効果が発揮されてしまった被検体がここに居る。


意図せず成功例が出てしまったばかりにニココラさんはこの指輪の効果を妄信している様に見える。

そしてこの幸せをもっと世の男性に広めたいと、それはそれは髭の先までアグレッシブな感じで話しなさる。


しかも奥さん二人も同じ思いらしい。



もうちょっと冷静になってみましょうか。


「それ程深刻になられる事ではありません。

先ほど申し上げた通り少々値の張る『お守り』として販売すれば問題になる事は無いでしょう。

個人差は有るでしょうが”効果”は間違いなくあるのですから。

とは言え、この指輪を手に入れる事が出来た幸運な男性は、間違いなくクルトン卿を精霊の子と崇め称える事でしょう、これは冗談などではありませんよ、本当に」


”精霊”とは世界の修復に匙を投げ、逃げ出したとされる神の上位互換としての比喩表現である。

ホントこっぱずかしい。



いずれにせよの指輪の量産時には自動機で作る事に成るだろうから、俺の銘は入れないでおいた方が良いかな。


「確かに・・・今や白狼の銘が入っているだけで価格が跳ね上がりますから。

銘をワザと入れないというのも有りかもしれません、それだけで購入できる客が増えるでしょう。

こういった物は広く普及させるべきですし」

「贋作への対応が難しくなりますけどね」と続けて一言。


それなんだよな、多少なりとも効果を期待して購入するんだろうから贋作をつかまされるのは気の毒だ。

俺の責任でなくても心が痛む。


販売業者は認可制にしようかな。

現物に銘は打たなくてもシリアル番号刻んで鑑定書とセットで販売とか。

鑑定書の方に俺のホログラム銘を印刷すれば良いんじゃね?


彫るより楽だし。

金属と違って紙や羊皮紙の魔力への耐性は低いから、発露する銘の規模は小さくなるだろうけど。


「それはそれで別の問題が出てきますが・・・その辺が落としどころでしょうか。

その他にクルトン卿自ら製作された作品は別で取り扱いましょう、当然現物に銘を彫り込んだ物で」


話しが進んで行きふと思い出す。

「そう言えば俺、あと1年もしないうちに故郷に帰るんですよね。作品の物流関連は今のうちに整えた方が良いでしょうね」



「そんな時期が近づいてきましたか・・・どうでしょう、王都とは言わずともコルネンに居を構える気はございませんか?

不誠実な話では御座いますが今のクルトン卿のお力が有れば、片手間で作品を作られても十分な生活が保障されるでしょう。

コルネンにご家族全員を迎えても全く問題ない程に」

「ですよねぇ」とアスキアさんも相槌を打つ。



それは分かっている。

けど、捨て子だった俺をあの村は暖かく迎え、そして育んでくれた。

そんな大切な故郷なんだ。

村と共にありたいと、今でもそう思っている。



「ご自身の事ですからこれ以上は申し上げませんが、帰郷するまでには身辺の後始末をしっかり済ませねばなりませんね。

中途半端にしてしまうと故郷に迷惑が掛かる事でしょう、それ程のお力です」


仰る通りで御座いますです。

後始末・・・色々あるな。

つらつらと思いつくだけ口に出して確認していく。



腕輪の件、見通しは付いている。

後は粛々と進めていくだけだろう、そう考えるとホッとした。

一番重要な仕事に目途が付いているんだから。


ああそうだ、テホアとイニマに力の扱い方を教えないといけない。

故郷に戻ってからも続いていくだろうが。

結果論だが、あの子らの面倒を見る事になったからこそ故郷でのんびりする時間を確保できた。

そうでなければ早々に王命で国中走りまわされてたな。


シンシアはもう一人前の治癒魔法師の技量に達している。

俺が教える事は既に無い、改めてあの子は天才だな、こんな短期間でこの成長。

そもそも俺自身が身に着けている治癒魔法の力はゲームの”スキル”に分類される物なのだ。

それをこの国の常識でもってシンシアが自ら解釈し、理解し、身に付けて技能にまで昇華、体系を構築していった。

この世界で引き継がれるべき能力、技能は俺の”スキル”じゃなく、シンシアの技能の方になる。



でも、時系列で言えば一番最初に、王都に居るうちにパジェの能力を検証していく作業に付き合わなければならない。


このほかに馬車の追加製作、スレイプニル、グリフォン、スクエアバイソンの捕獲。


チェルナー姫様の鏡台にレイニーさんの武具も頼まれてた。



そして村の開拓は・・・

実際は王家から開拓の件は任せてくれと言われているから、暫くは故郷を中心に色々な所を行ったり来たりの生活になるだろう。



ああ・・そうだ治癒魔法協会に行かないとな。

実のところこのままだと誰からも相手にされない組織になってしまうんじゃないかと本気で心配している。


正直俺は治癒魔法協会の様な組織は無くしてはならないとも思っている。

決して少なくない人を、予算を集めて組織を運営している事自体、かなり優秀な組織だ。

既に広く認知もされているし。



ただ、その医療リソースを必要な人たちに配分しているかは疑問が残る、一握りの者達だけの既得権益化しているんじゃないか?

国民の、人の為ではなく組織を守るための組織になってしまっているんじゃないか?


いずれにせよ行って現状を見てこよう。


許可が出なければ認識阻害を活用して堂々と忍び込む気でもいる。

その辺の事は既にソフィー様に話は通してあって・・・つまり宰相閣下、陛下へも伝わっているという事だ。




そしてあまりにも利己的な組織であればこちらも腹を括るつもりだ。


才能が有った事とは言えシンシアはこの短期間で治癒魔法師として独り立ちできる技能を身に着けた。

未だ10歳なのにだ。


コルネン駐屯騎士団の様な物理的な武力、強力なバックアップが有ること前提だが、少ないながらも才能を持つ人たちを集め、シンシアが指導していけば徐々に『治癒魔法協会』の影響下に無い治癒魔法師が増えていくだろう。


そうなれば『治癒魔法協会』のカウンターとなりうる組織を立ち上げる事が出来る。

準備がかなり面倒で長期に渡る事なので出来ればやりたくないが・・・。


しかしこれは最悪の場合に備える最後の手段、ライバル組織が有る事によって組織の健全化、自浄作用を期待した荒療治だ。



思考の海でその渦から逃れる様に、はたから見ればブツブツ呟いているだけの俺にニココラさんがちょっと震えて聞いてくる。


「最後の方は私が聞いてはいけない内容だったのでは?最初から道連れにする気でしたか?」


「ちょっとソフィー様に話してあるって本当ですか?何も聞いてないんですけど!」

アスキアさんも慌てだす。



いえ・・・ただの独り言です。

御気になさらぬよう。



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