第236話 「禿げるのですよ」

検証の時間を確保する為にパジェのスケジュールを組み直す作業が必要になるとの事で、何れにしても1ヶ月後じゃないと調整が利かず時間そのものがとれない事が分かった。

急いでも始まらないと悟りに似た気分でいる俺、クルトンです。


因みに悟りに至った事は無い。



まあ、俺の方もやる事はごまんとある。

先にそちらの始末をつけてしまおう。



最優先は腕輪の件。

これは、毎日何かしらの作業を行い徐々にではあるが試験的に量産用設備を稼働できるまでになって来た。


実際俺が動かして試験動作はOK出してる。


と、なれば作業員の確保をせねばなるまい。

これは分かっていた事なので人員を確保する為にめぼしい貴族へ王家が直々に声を掛けて集めてもらっている。

一応選別も粗方終わったそうだ。



集まってきた人の情報を聞いて驚いたのは、前世で言う所の『一般労働者』に相当する腕輪製造設備のオペレーター募集なのに、貴族様本人が直々に応募してきた事。

人数も一人や二人ではなかったみたい。


なぜに?


重い守秘義務が科せられる仕事になるから、出自がハッキリしていて家名(責任)を背負っている貴族その人自身が応募してくるのは実のところ有難い話しらしい。


誓約の魔法も併用するそうではあるが、その辺の人連れてくる様では機密漏洩し放題になりそうだしね。



「来訪者の加護持ちへの直接的な貢献になりますからね、それだけで徳が積めると『年頃の貴族』は男女問わず挙って応募してきた様ですよ」


へー熱心な事で。


「実際は加護持ちの配偶者を得るチャンスを求めて群がってるだけでしょうね」

急に世知辛い話になった。


さっきから広報部の応接室へ一緒に向かっているアスキアさんから解説頂いている。

言動に姫様をゲットした勝ち組ならではの余裕が溢れ出てますな。

隠そうともしない、妬ましい!




応接室についてアスキアさんがノックをする。

すると室内からドタドタと慌てた様な足音が近づいたかと思うと豪快に扉が開いた。


「おおう、おう!インビジブルウルフ卿!!」

カイゼル髭が今日も絶好調のニココラさんが出迎えてくれた。


「ニココラ様、警護の意味もありますから扉は私たちが開けますので・・・」

年配のメイドさんにお小言を貰って、ニココラさんがしきりにペコペコしだした。


相変わらずだなぁ。



「早急にクルトン卿へ報告せねばならない事が有りまして、こうしてお時間を都合付けて頂いた次第で御座います」


部屋の中では俺をファーストネームで呼ぶニココラさん。

これは宝飾職人としての俺へ話をする時の前振りだ、分かり易い。


して、その話とは何ぞや。


「これはお礼も兼ねての事なのですが・・・、私に妻が2人いる事はお話したかと思います」


ええ、大変美しい奥様が2人も、ほんとに羨まけしからん!



「その妻なのですが2人ほゞ同時に妊娠しまして」


おお!それはおめでとうございます。

そうですかぁ、ニココラさんもお父さんになるのですかぁ。


「本当に・・・本当に有難う御座います。あの時頂いた指輪が無ければ子を授かる事が出来ていたかどうか・・・本当に有難う御座いますぅぅぅぅ・・・・」

椅子から立ち上がり俺の手を自分の手で包み込むと同時に、滂沱の涙を流す髭おやじ爆誕。


誰も得をしないこの絵面。


「有難う御座いますぅぅぅぅ・・・・、有難う御座いますぅぅぅぅ・・・・」

ヌメリ気を感じるまでに握られたその手を、払う訳にもいかず「ええ、あ、はい・・・」と生返事を返す俺。


しかし、結構効くんだなあの指輪。

ニココラさんの毛髪も無事だったし

ビッグマネーの香りがプンプンしますよ。




ようやく落ち着いたところでキリッとしたニココラさんが話し出す。

「それで本題で御座いますが、私達と同じ悩みを持つ夫婦はかなり多いのでございます。

全ての男たちに効くか分からないとお聞きしておりましたが、この指輪を量産頂く事は出来ませんでしょうか。

この指輪の効果を知ればお守りとしてでも欲しがる者は多い事でしょう。

なお、これについては私の店でも利益度外視でお客様に提供させて頂こうと考えております。

いえいえ!クルトン卿には十分な報酬は用意いたしますとも!」


販売の為の宣伝も営業も自前でするし、何なら作った分は無条件で全て買い取るとも言っている。

かなりの好条件、俺も問題は無いのですが・・・。


「何か心配な事でも?」


いえ、作るのは全く問題ないですし、付与も今の仕事(腕輪)と比べればかなり簡単なので自動機を拵えれば俺じゃなくても量産可能になるでしょうけど・・・。


「でしたら!」


禿げるのですよ。


「「え?」」


禿げるのです。

ニココラさんは大丈夫のようですが、それでも禿げやすくなってるはずです。


「禿げる・・・のですか・・・?」

さっきから側で話を聞いているアスキアさんも急に心配顔になる。



ええ、毛髪グッバイ!になってしまいます。



「・・・問題有りませんな」と、ニココラさん。


え、そうなのですか?

禿げにもいろいろありますけど、若いうちから河童禿げとか嫌じゃないです?


「まあ、独身であればそうなのでしょうが、結婚したら禿げなど関係ありません。

所帯を持つ男が求められるのは甲斐性ですよ?」


ああああ!そうだった。

この世界、遺伝子操作されてんじゃないかって位に美男美女だらけだから忘れてたけど、結婚の条件は互いの美醜よりも甲斐性が求められるんだった。


当然男も女も二枚目、美人の方が良くはあるが皆が皆美男美女なので、美醜の差が少ない分”それ以外”の能力を強く求められる。


男であれば権力、財力、知力、腕力。

女であれば愛嬌と胆力、お産に耐える頑強な体。


そして男女問わず子供嫌い、怠け者は結婚相手として大そう嫌われ、敬遠される。



と、いう事は問題無いか。

大体の人は結婚後に必要になるもんね、この指輪。

この世界の人達の貞操観念は結構強いのだ。


「結婚指輪として販売しても良いでしょうなぁ。ああ、妻と一緒に大勢の子、孫に囲まれ静かに過ごす老後・・・何とも幸せな事ではありませんか」

目を細め、妄想にふけるちょっと危ないニココラさん。



人が魔獣に捕食される、その危険と隣り合わせのこの世界。何かあれば女性を守る為に男性が亡くなるケースは事故や病気より遥かに多いそうだ。


おそらく、今思い描いているニココラさんの将来の願望は夫となった者達の共通の夢でも有るんだろう。


一応定年まで勤めた、前世の記憶を持つ俺の感覚ではささやかな夢に思えても、この世界では代償を支払い自らもぎ取らねばならない。

それは厳しい現実の先に有る桃源郷。


そこまでの道のりを、

誰もが自分の足で進める様にする事が、俺の仕事の目的になるのだろうか。

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