第234話 朧げな遺産
いかん、悪い方向に思考が持ってかれている。
そんな雰囲気を微塵も感じさせず、パジェとおしゃべりを続ける俺、クルトンです。
大人が抱いた不安を子供は敏感に感じ取るからな。
この子の能力がハッキリした時に改めて考え、対処すれば良い事だ。
今のところ大気圏、人工衛星なんて概念、装置はこの世界では一般的な物ではないし、理解できる人も学者くらいだろうから仮に俺の想像が当たって悪用されたとしてもしょぼい利用方法しか思いつかないはずだ・・・多分。
一度後宮にパジェを送り届けてアスキアさんとソフィー様の執務室へ。
”コンコン、コンコン”
「どうぞ、開いてるわよ」返事が有り中に入る。
ドアはお付きのメイドさんが内側から開けてくれた。
ラクチン。
「珍しいわね、貴方の方から来るなんて。
という事は悪い話しが有るのでしょう?」
悪いと言いますか、心配事が有りまして。
俺のこの言葉を引き継いでアスキアさんが事情を説明しだします。
その内容について俺が補足説明をしていくと、ソフィー様は途中から瞼を閉じて静かに聞いていました。
説明が終わるとすぐに瞼を開けて
「貴方の考えは?具体的にパジェの能力はどんな物だと思う」
そう聞いてきます。
どう説明しましょうか・・・。
さっき俺が気付いた可能性に言及するべきか、しても理解してもらえるものか。
俯き「ん~」と俺が迷っていると
「・・・専門家を呼んだ方が良いかしらね」
扉に待機している警護の人に用事を言いつけその『専門家』を呼びに行かせる。
「では、ちょっと待っていてもらえるかしら」
そう一言ソフィー様が告げると俺たちが来るまでしていた書類仕事を再び始めだした。
・
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扉がノックされその専門家の人だろう、挨拶と一緒に入室してきた。
「失礼いたします。イエレンで御座います、急ぎの御用との事で」
「ええ、急に呼び出してごめんなさいね。
まずは紹介しましょう、見たのは初めてではないでしょうけど。
こちらの大男が”あの”インビジブルウルフ卿よ」
「初めまして」
そう言って俺が右手を出すとイエレンさんはちょっと周りをキョロキョロした後にやっと俺の顔に目の焦点が合ってビクッとなる。
「ヒッ!」
弱くではあるが王都にいる間はほゞ常時認識阻害を発動させている。
初めて会ったので俺を認識するのに時間が掛かったのだろう。
申し訳ないと思う反面、大目に見てほしいと思う、俺そのままだと結構目立つのよ。
静かな日常生活送る為にはどうしても仕方ないのよ。
おどおどしながら俺の手を握り返すイエレンさん。
「は、初めましてイエレンです!!
イ、インビジブルウルフ卿で御座いますか!さ、早速ですがご用件をお聞きしても」
もう一度アスキアさんが事情を説明する、さっき俺が補足した内容も含めてだ。
やっぱりアスキアさんは有能、話が早く進む。
「なるほど、その男の子の技能についてですか。お話を聞くと『遠見』の魔法に近しい物に感じますが、疑似的な使い魔を使用しての操作魔法でも似たようなことが出来るでしょうな。
どちらにせよ子供が一人で使える能力ではありません。
複数人の魔法使いが能力を持つ者に魔力を供給し続けないとたちまちの内に魔力切れで干からびてしまいますからね。
しかし、私を呼んだというなら何か気になる点があるのでしょう?」
さっきの慌てっぷりも早々に身を潜めイエレンさんが聞いてくる。
ここで俺の考えを専門家であるイエレンさんに話してみる。
突飛な話に聞こえるだろうが実物を見たことは無くても前世でGPS、気象衛星、オリンピックの衛星中継など『人工衛星』が密接にかかわっていた生活を送っていた俺からするとこの世界の特殊な力と相まってあながち的外れな仮説とも思えなかった。
「大変興味深いお話です。『人工衛星』ですか、しかしどうやって地に落ちる事なく宙に留まっていられるのか?
いや、その話は別の機会にしましょう。
インビジブルウルフ卿は古代人が使っていたであろう、その装置を操作、又は憑依する能力がその子に有るとお考えで?」
可能性の一つですけどね。
思い出せば腕輪の検証地に赴くとき、魔獣を狩った時もパジェは俺より早く魔物を見つけたんです。
索敵を起動していた俺よりも先に。
それが魔物であることを判別出来てはいませんでしたが俺より広い俯瞰視点を持っていたのかもしれません。
俺よりさらに高い位置からの俯瞰視点を持っていたなら納得できます
「クルトン、ちょっと私には理解できないのだけれど」
ソフィー様からの話を受け紙とペンを準備してもらい内容、人工衛星とこの星の位置関係の概要を説明していきます。
ついでになぜ『人工衛星』が空にとどまっていられるかの説明もしてしまいます。
墜落する場合が有る事も。
その辺は俺も良く勉強したわけでもないので中学、高校の知識程度だのだけど。
「パジェはこの世界、星は『丸い』と言っていました、球体の事ですね。我々が夜に見る月も丸いのです、ならば形は同じと考えても違和感は無いと思います」
「私は専門ではありませんが・・・天文学者、地質学者間で通説になっている内容と一致します。
地面が”丸い”事でそれまで説明できなかった多くの学説の矛盾点が解消されたらしいですから。
4歳にも関わらず、今のところ一般には認知されていない学説と同じ発言していたというその事実・・・無視する事はできないでしょうね。
しかも直接見てきたようですから(笑)」
一つ頷いて話を続ける。
「もし俺の仮説の一部でも真実であるのならとても危険な状況です。
太古の装置、設備が軍事用の物であればこの星に致命的な破壊をもたらすことも有り得ます。
可能性は低いでしょうが無いとも言い切れないので確認必須でしょうね」
「心配しすぎの様に感じるのだけど・・・」
ソフィー様、侮ってはなりません。
よく考えてみてください、来訪者が残した太古の結界魔法が未だに機能し続けているのです。
少なくても直ちに危険の及ばない、その事だけでも確認する必要が有ります。
色々小難しい事を話してきましたが、とどのつまりは『来訪者の加護』持ちのパジェを守る為です。
この点だけで異論のある人は居ないはずです。
「!そうね、本質を見誤っていました。あの子の幸せの為ですものね」
法は無くとも、この世界で希望の苗を枯らす事は倫理を大きく外れます。
腕輪が一般的になったそう遠くない未来には、人類を救う使命を彼らが担う事になるのでしょう。
ならば最優先事項です。
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