第230話 お人好しの悪魔
その翌日、クラスナさん含め家族は一緒に俺の馬車に乗ってもらい王都に帰還した。
何だか感慨深げに思いにふける様な素振りを演出している俺、クルトンです。
帰路については粛々と進んだ、全く何事も無く平和なものだ。
やっぱり往路で下位とは言え魔獣が出た事の方が稀な事だったんだろうな。
特にここは王都近いのに。
するすると王都の門を潜り王城まで到着、改めて御者席から室内への窓を覗き見るとクラスナさんに抱かれた赤ちゃんが丁度あくびをしたところで、それをきっかけに皆が笑いだしている。
幸せそうな家族だ。
きっと生まれた子も愛されて育っていく事だろう。
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王城の中に入り皆が馬車から降りてくる。
クラスナさんは産後間もないことも有り、ハウジングを解除する前にその領域のアドバンテージでめいいっぱいブーストした俺のクラフトスキルで拵えた車椅子に乗ってもらう。
それを押すのは旦那さんのシュケテ・プサニー伯爵。
「あら、本物のお姫様みたい(笑)」
クラスナさんのこの言葉に皆がまた笑い出し、抱かれている赤ちゃんも瞼を開け目をキョロキョロ動かしている。
はは、可愛いもんだ(笑)
そんな談笑も終わり、そろそろお別れの時間だ。
パジェも俺とお別れと聞いてぐずっている。
ポムの首に抱きついてなかなか離れない。
まあ、泣かないで。暫く王都に滞在するから会いに行くよ。
「インビジブルウルフ卿、今回の件あなたには感謝してもしきれない恩を受けた。
もしこの王都で何か困った事が有ればいつでも頼ってきてほしい、我がプサニー伯爵家はいつでも貴方と共にある」
プサニー伯爵様が改めて俺に礼を言う。
「あの・・・、早速で恐縮なのですけど・・・お願いしたい事が有ります」
リップサービスが多分に含まれている挨拶だったのかもしれないが、せっかくのチャンスだ。、ここで一押ししておいた方が良いだろう。
何れは多くの人達を、皆を巻き込む事に成りかねないんだから今のうちに。
「何なりと」
治癒魔法協会へ顔繋ぎをお願いしたいのです。
「!、理由を聞いても?」
回りくどい話し方になりますがお許しください。
今回のクラスナさんの出産の件、本来このような危険は事前に回避する術を講じれたはずです。
効果的な対処ができたかは何とも言えませんが、それでも今回の検証実験時に俺へ任される時点であまりに準備不足が過ぎました。
流石に少々治癒魔法を使える産婆さんでは荷が重すぎる様に感じたのですよ。
多分危険については予測していたでしょうが、もしもの時の対処に必要な能力が全く足りていませんでした。
勘違いしないで頂きたいのは産婆さんを責めているのではありません。
彼女の能力からしたら過失は全く無かったと言っても間違いではないでしょう。
ようは伯爵様から奥様を任される程のベテランである彼女ですら自分の持てる能力を十分に発揮してあの状態だったのです。
・・・治癒魔法協会の協力を得られれば少しは違ったのではないでしょうか?
「・・・確かにそうです」
貴族たちとどういった確執が有るのか、かつて有ったのかは自分は知りませんし聞くつもりもありません。
ただ今回のあの子が無事にこの世界へ生まれる事が叶ったのは、僅かに傾いた天秤の先にたまたま『幸運』が転がっていただけ、そうです偶然、運でしかなかったのですよ。
人類存続を担う子の最初の一歩に、今後もこんな確率の低い賭けをし続ける訳にはいきません、絶対に。
「顔繫ぎの後、治癒魔法協会と何を話すつもりでおられるのか」
話などするつもりは有りませんよ。
皆が望み育む”可能性の芽”が苦難に立ち向かっているその時に・・・力が有りながら、ただ眺めて素通りする輩、組織に我慢ならないだけです。
自分たちが持つ力が本来どういった物なのか、その使い方を教えてやる。
ただそれだけだ。
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インビジブルウルフ卿と別れ、今回検証後の経過を見る為に特別に準備された部屋にクラスナ、そして生まれたばかりの我が子と向かっている。
お祝いにと戴いた車椅子を押して。
この国は変わるかもしれない。
「あら、陛下が即位されてからは日々変わっておりますわよ、良い方向に」
後ろに首を回し見上げながらそう言ってくる。
ああ、そうだね。でも今僕が言ったのは・・・何と言えば良いかな、彼の怒りを目の当たりにして、世界の倫理と言うかそんな概念が変わっていく様に感じたんだ。
「怒鳴り散らす輩は何度か見た事が有りますが・・・・あれ程、治癒魔法協会へあれ程純粋で底の見えない怒りを向けている御仁を見たのは初めてでした」
うん、あの時ようやく自分が勘違いしていた事を自覚したよ。
君と我が子を助けてくれた彼を、べらぼうな力を持つ正義の味方かなんかと思っていたけど・・・。
「私たちを救ってくれた事は確かな真実でしょう?目の前に証拠が有りますわ」
そう言って息子を抱き直す。
ふふ、そうだね。
でもね、彼は・・・彼はこれから生まれてくる可能性への守護者であるんだろうね。
そしてこの世界を紡いでいく為に力を揮う調停者?
人の倫理の概念の外に有る超越者?
それとも限りなく人類に寄り添ってくれるお人好しの悪魔と言ったところかな(笑)
「あの方が”悪魔”なら、連れていかれる地獄は今世よりずいぶん暮らしやすいところでしょうねえ(笑)」
はははは、違いない。
いずれにせよ、ここタリシニセリアンから世界は変わっていくだろう。
そしてその中心では我々では見つける事が叶わない、『見えない狼』が鼻を利かせて何時も此方を伺っているんだろう。
デコイに呼び寄せられた不逞な獲物を狩る為に。
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