第217話 幻影石

アレキサンドライトに注目しすぎているのか、一緒に出した狼の置物(ダイヤモンド製)に誰も気づいてくれない。

拵える難易度で言えばこっちの方が大変なのになぁ、そんなことを思ってやるせない気持ちの俺、クルトンです。




「ねぇ、インビジブルウルフ卿。これはどの位の価値なのかしら?」

コヌバリンカ妃殿下が聞いてきますが俺は相場を知りません。


品物の真贋と品質の程度についてはこれ以上ない位に正確に答える自信はありますが、金銭価値へ変換する知識も知見も俺は持ち合わせていない。


「勘でよろしくてよ」

うーん、大金貨1000枚(凡そ2億円)?


「そんなわけないでしょう!ふざけているの!!」

ソフィー様から強めのツッコミが入った。


「ふふふ、そのお値段でしたら今この場に金貨を持ってこさせますわ」

コヌバリンカ妃殿下はそう言って笑う。



そんな事言われましても・・・、でしたらソフィー様は如何ほどの価値をお付けになられますか?


「・・・宝飾ギルド内での協議が必要です。公爵である私がここで私見を披露してしまうと後の結果、相場に影響を与えてしまいます」


・・・「分からない」と伝える為にこの文字数。


「しょうがないでしょう!というかまたその(狼の)置物持ってきたの!!」

あ、やっと気づいてくれました。

カサンドラ親方が持ってけって煩いんですもの、工房では管理できないって。


「ああああ、その親方さんも苦労しているのね・・・」


「「「ははははは」」」

「「ふふふふふ」」


「伯母上もその辺にして、話を進めよう。

取り合えず余りに突飛すぎる物は控えてもらうが、ありきたりな物でもつまらない。

そうなるとどういった物を贈ればいいかな?」


え、俺に聞くんですか?


「お前が作るものだからな、出来ない事を儂らから言われても困るだろう。」

ええ、まあ、あまりに無茶ぶりされると萎えますね。


「お前の銘など面白かったではないか、それを彫るだけでも良いと思うが」

「そうですわね、あの腕時計で初めて見ましたわ」

パストフ王子とコヌバリンカ妃殿下がそう言います。

クルトン印のホログラム銘の事ですね。


うーん、そうですね、その手もありますか。

バッグをゴソゴソしてメモ代わりの木片とペンを取り出すと付与の設計図に当たる魔法陣を描きだしていく。


何度か書き直し30分位だろうか、後から考えれば不敬ではあったが集中していた事もあり無言で魔法陣を完成させる。


食事は既にデザートに移っている。


その間皆はずっと俺の作業を見ていたらしい。

いやん、恥ずかしい。



俺はアレキサンドライトを手に取り底面に当たる所へ人差し指を当てクラフトスキルを発動させる。


チカチカ光るレーザー刻印機モドキの魔法を使い先ほど完成させた魔法陣を浅く彫り込む。

そして、それが目立たない様に彫った後のエッジ部分を均す為に研磨を施し完成した。



「・・・説明してもらえるか?」

宰相閣下が聞いてきたので鼻の穴を膨らませながら俺が話し出す。

さぞかしウザく感じた事だろう。


「俺の銘と同じホログラムの付与魔法陣を刻みました。

発動条件は銘と同じで、魔力由来の光を当てると幻影が浮かび上がります」



「ほう!宝石に浮かび上がる幻影とな!!早速試してみよう。確かパストフは光の魔法を扱えたな、試してみてくれ」


「はい、では」


パストフ王子の人差し指の先に光がともり、それをアレキサンドライトに近づけると”フッ”と吸い込まれるように光が消えた途端、幻影が浮かび上がる。



ソフィー様が用意したハンカチの上に置かれたペアカットのアレキサンドライト。


そこから浮かび上がった幻影の子連れの狼。

その親子は、仲良く宝石の周りを2周すると伏せの状態になり、子狼が親狼の懐に抱かれ眠りに付いた後に親狼が子狼を守る様に丸まって一緒に眠りにつく。


その状態で2秒ほどした後、幻影が煙のように霧散して終了した。


うん!良いんじゃない!

かなり良い出来なんじゃない、コレ!?

特に宝石を回っているときの子狼の楽しそうな雰囲気や、最後の親狼が瞼を閉じた時の表情とか、なんて言うの、本物みたいに自然じゃない?




ソフィー様が一言。

「ちょっと・・・どうしましょうか」


はい、製作に夢中で後の事はほったらかしでした、分かりますよ言いたい事は・・・。


「うむ、期待以上の出来ではあるが付加価値が高すぎるな、母材にその辺の石を使ったとしてもこの付与魔法陣の価値が・・・なあ、どうしたら良いと思う?」

宰相閣下が俺に聞いてくる。



「笑えば良いと思います」



腕輪の初ロットの到着より先に戦士の国ベルニイスへ、タリシニセリアン国より友好の証として『幻影石』なる宝石が贈られた。


それはピジョンブラッドと呼ばれる20カラットを超えるルビー。

それだけで受け取ったベルニイス国王は目を丸くしたが添付されていた『取扱説明書』を読むと首を傾げる。


「ハーレルを呼んでまいれ」


その命令に従いハーレル王子が国王執務室に呼ばれた。

何故かサイレン王子も一緒である。


「父上、お呼びとの事で」


「うむ、早速だがこれの意図する事は何か分かるか?

タリシニセリアン国からの『友好の証』なのだが」


そう言いながらルビーと取説を見せる。



「宝石、ルビーですか。いやはや見事なものですな・・・取扱説明書が有るという事はインビジブルウルフ卿が関わっておるのでしょう、確認しても?」


コクリと頷く国王。


ハーレル王子の肩口から一緒に取説を読むサイレン王子。

はしたない事だがそれを咎める者はいない、この状況では些細な事だから。

「・・・、・・・内容は理解しました。理解はしましたが・・・正直想像がつきません。危険は無いとワザワザ書いてありますのでまずは試してみましょう。

ああ、心配でしょうから訓練場で試しましょうか」



そのまま訓練場へ移動し、早速取説の内容を試す為にルビーを訓練場中心付近に準備したテーブルの上に置く。

ハーレル王子が人差し指の先に小さく炎を灯し幻影石(ルビー)に近づけると、その炎が吸い込まれその何倍もの光が幻影石から溢れ出した。


「「「おおお!!」」」


光と一緒に『幻影石』から現れた翼幅5m程の小さな古龍は、大きな動作で翼を羽ばたかせ旋回しながら上空に舞い上がると、凡そ20mを超えた所で霧散した。



皆が古龍が消えた位置を見上げ呆然とする中、一人ハーレル王子が、


「相変わらず手加減をしない(笑)」


口角を上げてそう呟いた。



タリシニセリアン国より贈られた『幻影石』は両国友好の証として十分以上の効果を上げた。


その証拠にこれ以降、タリシニセリアン国の要人を国賓として迎える式典や、自国の王位継承時などには必ずこの『幻影石』が準備され、その都度天に昇る深紅の古龍を見る事が出来たという。



この古龍を一目見ようと、ベルニイスの重要な式典が開催される際には多くの民衆と外国の観光客が王都に訪れ、

「式典の度に国庫に金貨が積み上がっていった」と称される程に『天に昇る深紅の古龍』は国内外に広く認知され、特に毎年執り行われる元旦の式典では多くの観光客を呼び込む事となった。

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