第213話 いつもの時間を過ごす為に

ここで俺のイメージを払拭しないと快適な旅を過ごせないと危機感を感じた俺、クルトンです。


その日の晩、特製ダレに付け込んでいた往路の狩りで随時仕留めていた兎を皆に振舞った。




俺の事を「えらくでっかい護衛だな」くらいにしか思っていなかった商人の方達も、昼の『自由騎士』発言で俺を腫物でも扱うかの様な態度がチラホラみられるようになった。


俺が一番危惧していた事だ。

これが少しづつエスカレートしていって日常生活でも支障をきたすことになりかねない。


領地持ちの貴族、代々国に貢献してきた古参の貴族ならそんなことは気にしないし、何ならそれ相応の振る舞いを行い、時には権力者たる威厳を見せつける事もあるだろう。


けど、俺は成り上がりの騎士。

何なら『騎士』についても第三者に証明できる様な証は何もない。

なんかの公文書には登録されてるらしいけど。


観衆という証人は多くいたが、あの時の陛下からの『お言葉』だけが俺を『騎士』たらしめている様なものだ。


まあ、スレイプニル所持しているだけで騎士になれる資格を得るけども。



しかも自由騎士とは言われているが、こちらも証明する物が有る訳でもないし、なんなら陛下からのお言葉すらない。


周りが勝手に忖度して都合が良いから陛下も否定していない、ただそれだけだ。



そんな『不確定な肩書』に日々の生活を干渉されるのは勘弁願いたい。

俺は誰からも注目されず、ただ家族を守れればそれで良いのだから。


取りあえずこういったものは相互理解が進めばある程度解決する。

俺がどういった人間か皆が知ってくれれば安心してもらえるはずだ。



そして、その為の特製タレ付き兎焼肉の開催である。


量がそんなに有る訳でもないので少々濃い目に味付けして皆に行き渡る様に配分、子供たちだけ少々薄味に調整したが皆美味しそうに食べてくれた。


こういった物は仲良く皆で飯を食えば何とかなると昔から相場が決まっている、そしてその通りになった。


「このタレは淡白な兎肉に抜群に合いますな、いやはや、酒が飲めないのが残念だ」

白飯が有れば良かったんですけどね、こればっかりはしょうがない。

何なら商隊長さん、ついでで良いのでお米探しておいてもらえませんか?

小麦より小さい粒状の穀物なんですけど。


「この肉に合う食材ですか、興味があります。気に留めておきましょう。」



「コルネンの殆どの食堂で、インビジブルウルフの為に常時席がリザーブされているって聞いてましたが、こりゃそうなりますわな」

ん、護衛隊長さん、どう言うことです?


「インビジブルウルフ卿に恩が有るとかで誠意の証だそうですよ」

・・・それでいつでも席に座れたのか。

結構混んでるのに俺が案内されるところ必ず空いてたんだよね、良いのかな?って思ってたけどそう言う事か。

かえって恐縮してしまう、気にしなくても良いのに。



「クルトンさん、とっても美味しい!」

「美味しい・・・!」

はは、テホアもイニマも喜んでくれてよかったよ。

お母さんにレシピ渡しているから今度作ってもらうと良い。


「「うん!」」



取りあえず俺が、少なくとも一般人には無害だって事を理解してくれただろう・・・多分。



就寝後、商隊テント内。


「ポクリート氏からの情報通りの人物ですね」


「まあ、そうだな。でも人の尊厳を傷つける様な言動には敏感に反応するそうだ。

油断せず部下の言動にも十分気を付けた方が良い。

元老院の奴らを『王家の避暑地』に送ったのは彼らしいからな」


「・・・確かに、あれ程腰の低い態度を取られると勘違いする輩も出てきそうですからね。かえって厄介で、少々危険ではあります。

もっと英雄的な態度を皆に示しても良いでしょうに、今晩など食事の準備をあの方1人で熟してしまいましたよ、本来なら商隊の若手がやる仕事ですよ」


「おかげで旨い飯にありつけたがな(笑)」



「道中の狩りで見せた弓の腕も大したものでしたな、まるで獲物が矢に当たりに行っているようでした」


「はは、弓はインビジブルウルフの代名詞だ。狙われたら最後逃れられないと言われている。しかも魔獣を一矢で倒す威力だとよ、本当信じらんねえよ」


「そうなんですか?

私は機会に恵まれず見ることは出来ませんでしたが、貴方は騎士団の公開訓練で戦っているところを直に見たのでしょう」


「まあ、弓については公開訓練では使用を禁止されていたらしいから見ることは出来なかったが、それでも木の杖でフル装備の騎士20人を手玉に取るのを見せられたら・・・もう・・・なんて言えば良いのかな。

今回の彼の振る舞い、態度を見ていると『強さ』ってのが何のことなのか分からなくなってきてな」


「彼自身強さに対して頓着が無いと?」


「いや、それは違うな、騎士団からの話じゃその真逆で常に力を意識して求めているって話だ。

そもそも力を振るうべき場面、相手の想定が俺たちと全く違うんだろう。

魔獣を相手にする騎士団連中は間違いなく皆バケモノだが、彼らに言わせればインビジブルウルフこそ本物の怪物(バケモノ)だそうだ。

既に人では届かない高みにいると」


「『魔獣殺しの英雄』たる所以ですか」


「ははは、しかも全て単独討伐らしいからな、冗談じゃないぜ全く。

誰も首輪を付けれないからこそ結果的に『自由騎士』と言わざる得なかったんじゃないか?」


「なるほど!それだと腑に落ちますな(笑)」


そして指を折りながら数える。

「『魔獣殺しの英雄』、『スレイプニルライダー(騎手)』で『自由騎士』。

一般には非公開だが『治癒魔法師』でもあるそうだ、これは事前の顔合わせの時に本人が言ってたから間違いないだろう。

・・・いやいやいや、幾ら生まれが平民とは言っても男爵程度なら膝をついて迎えなきゃいけない相手だろ、コレ」


「あのペンダントを見るに職人としても付与術師としても超一流。

あれを拵えてくれたお陰で魔獣に襲われる危険度がかなり下がりました、本当にありがたい。

そのうえで特別待遇は望まれていない様ですから今まで通りですが・・・我々の胃への負担が心配ですなぁ」


「違いない(苦笑)」



その後、王都に到着するまでの間、確かに何事も無かったが商隊長、護衛隊長が何度か胃の不調を訴え、都度クルトンが治療したそうな。

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