第207話 騒乱の凶獣

トンカン、トンカン、トンカン、トンカン

足輪と鼻輪を作っている俺、クルトンです。


準備してきたとはいえ4頭合計16個の足輪と4個の鼻輪が必要になるのは想定外でした。


捕獲出来て1頭、念のためのスペアの1頭分で合計2頭分しか準備してきてなかったので追加で2頭分の新規制作含め作業を進めています。


仕事そのものは順調に進み翌日の午前10時頃でしょうか、3頭分まで済んだのでお茶を飲んで一服していたところで空から甲高い笛の音が響き、それを聞いた石工職人の一人が血相変えて櫓に登り半鐘を連打する。


「魔獣が出た!避難所へ走れーーー!」

他の石工職人が声を張り上げ、ふれ回りながら避難所に走っていく。


とうとう出たか。

事前にデデリさんとは話をしていた、これだけ派手に森を動き回っていたんだから魔獣が寄って来てもおかしくないと。


デデリさんの笛の吹き方から魔獣の数は3頭であることが分かると、俺はヒヒイロカネの弓を取り出し矢筒を背に掛ける。

矢も十分な数を持ってきたから、魔獣の進行先をコントロールする為の捨て打ちも問題ない、足りる。


念の為、石工職人さんが避難した後、俺がそこを中心にハウジングを展開、騎士さん達はハウジング境界外ギリギリのところで防御の態勢を取る為隊列を組む。

俺はムーシカに跨り、聞こえてくる笛の音を確認すると弓に三本の矢をつがえ待ち構える。

壁役の騎士さんも俺と同じ方向を向き魔力を練りだした、身体強化系の付与を発動させたんだろう。


人間の魔力に反応する魔獣は、練り上げられる騎士さん達のそれを目掛けて一直線にここに到達するだろう。


笛が近づいてくると低空飛行のデデリさんが見えてくる。

独特の断続した音の間隔が段々短くなって、最後に連続音に変わるとグリフォンが空に向かい垂直に近い角度で舞い上がる。


「来るぞ!!」

盾とフルプレートメイルで作った防壁中心で、全員の魔力をコントロールしている最年長の騎士さんがそう叫ぶのと同時に凡そ20m程先の森の境界から魔獣が飛び出してきた。


狐に似たシルエットだが大きさは通常の馬程度、光を吸い込む影の様な漆黒の体毛で、しかも飛び出してきたその速度は弾丸の様だ。


”スンッッッ”


「「「「えっ?」」」」




一射で俺が放った3本の矢は各々の魔獣の眉間を貫通し後ろの森え消えていく。



凡そ20m、真正面からただ突進してくるだけの的。

こんな距離じゃ外す訳も無い、スキルを使うまでも無くヒヒイロカネの弓の威力でなら十分仕留められる。


飛び出した瞬間に仕留められた魔獣は、自分達の意思に関係なく運動エネルギーがギブアップするまで”ゴロンゴロン”と豪快に転がると、丁度騎士さん達の前で止まった。



3頭いっぺんに仕留めたのは確認するまでも無いが、隠れている奴がいるかもしれない。

念のため索敵を展開し問題ない事を確認すると、ようやく弓を降ろして「ふう」と一息ついた。



「いくら何でも簡単すぎますな」

年配の騎士さんが呟く。


「まあ、その・・・これ以上ない位の成功例だぞ、今回は。

複数頭の討伐時間で最短だろうな。ほら、もっと喜んでも良いんだぞ。

お前たちの討伐記録にもなる事だし」

デデリさんが努めて明るく振舞いますが皆戸惑いを隠せない様子。


ええ、言いたいことは分からんでもありませんが、下手に時間をかけて取り返しがつかない事になるのはどうしても防ぎたかった。


「そうですね、クルトンさんが居なければ3頭を相手に怪我人が出る事は間違いなかったでしょうからね」



「スゲー、スゲー、初めて見た。あんな一瞬で終わるもんなんですね?スゲー」

若手の騎士さんの語彙力が心配。


「ああ、お前は魔獣討伐初めてか。

勘違いするなよ、普通こんな早く終わらんからな。

もう一度言うがその辺勘違いするなよ」

もう一人の騎士さんが窘めている。


取りあえず血抜きと解体してしまいましょう。

ものすんごい旨いんでしょ?魔獣って。



「おお、そうだな。早速取り掛かろう!

今日の晩飯は忘れられん味になる事間違いなしだ」



狐っぽい魔獣って事も関係するのだろうか。

今まで見てきた魔獣の中で一番毛皮の触り心地がいい。

まるで丁寧に仕上げられた起毛が立っている毛布の様で、それでいて土なんかの汚れが付いても手で叩けば簡単にとれる。

しかも暗黒の様な黒が討伐後は光の当たり具合によってはマジョーラカラーの様に色を変える綺麗な艶が出ている。

売ったらかなりのお値段になりそう。



ちょっと革の処理は慎重にしないといけないな。



その晩は魔獣を解体して焼肉パーティー。

勿論石工職人の皆さんも一緒だ。


明日の仕事もあるので酒は無いが、美味い飯(肉)で皆ご機嫌だ。


「本当にここで魔獣の肉が食えるとは、クルトン様様だな」

「出てきた瞬間勝負がついてたそうじゃないか」

「いっぺんに3頭出てきたんだろう?それを一撃で」


有難う御座います、有難う御座います。

でもこの話をする時はクルトンじゃなくて『インビジブルウルフ』でお願いしますね。



解体した2頭分の肉が無くなると焼肉パーティーはお開き、そのまま就寝となる。

デデリさん達はもう何日かいる様だが俺は捕獲したスクエアバイソンを連れて明日コルネンに向けて出発予定だ。


一度に3頭の魔獣を仕留めたから、別の個体はこの近辺には暫く寄り付かないだろうし。



騎士団テント内


「どう思う」


「どう・・・と言われても実感がわきませんな。あまりにも呆気なさすぎる。

しかし・・・おそらくあの個体は『騒乱の凶獣』だと思うのです。私も見た事はありませんでしたが教本に書いてあった特徴と一致します、間違いないかと。

であれば『咆哮』を受ける前に事が終わって命拾いしましたな、クルトン殿は我々の恩人です」


そうだ、大きな三角の耳に長くとがった鼻づら、漆黒の体毛に3本の太い尻尾。

そして何より7対ある真っ赤な目。


『騒乱の凶獣』

その咆哮を受けた物は自我を失い、瞳を合わせた物は狂気に思考を支配されるという、知性の有る人間にとっては致命的な攻撃を放つ魔獣。


武具の防御力は意味をなさず、純度の高い青銀製の兜、鉢金でもなければこの咆哮を防ぐことは叶わない、そんな厄介さを持つ初見殺しもいいところな魔獣だ。

俺も実物は初めて見た。


それがいっぺんに3頭、クルトンがいたからポンデ石切り場まで誘導したが、普通は逃げの一択だったろうな。

最悪死人が出た。

最善でも4人は重傷だったろう。いや、これも治癒魔法師が居なければ死人が出たな。


クルトンが今まで通り最初から全力で仕留めにかかってくれたお陰で助かったが、あのクラスの魔獣がここ(ポンデ石切り場)に出て来るとは・・・表層でこれならもっと奥まで探索が必要か。



あれだけ広大な森であれば、やはりもう1頭グリフォンを捕獲してフォネルと一緒にでないと無理だろう。


そして我が騎士団単独で捕獲を成功させねばならん、陛下には悪いが”直接”クルトンの力を借りずに俺たちだけで捕獲すれば、文句は言われようと召し上げられる事はあるまい。


さて、もうひと踏ん張りするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る