第204話 【証】鉄の指輪

「ここの通りを真っすぐ行くと工房街に入る。そのまま進むとすぐ右側に『カサンドラ宝飾工房』の看板あるからそこに行きな」


あ、有難う御座います。

案内のほかにも色々便宜を図って頂いて、とても助かりました。

そう言って腕を胸の前で交差させ頭を下げる。


「ああ、そこんとこはお互い様さ。お前んとこの小麦は質が良いからな、これからも俺の所に卸してくれよ」


はい、ぜひ!


徒歩のつもりだったけど馬車にも乗せてもらって、本当に助かった。


カイエンさんにお願いして村からコルネンまで連れてきてもらったのは、この街に居を構えるカサンドラ宝飾工房へ指輪の注文をする為。


なんでもここコルネンの宝飾工房が国で一番最初にオルゴール、懐中時計を製造、販売した凄い工房らしい。


その工房と専属契約している『クルトン』さんへ指輪の製作をお願いする為、村長とカイエンさんから紹介状を書いてもらいここまで来た。




来年のこの時期、僕は結婚する。

次男坊の僕は幼馴染のシーナを妻に迎え独立、村長から農地を借りて生活の糧を得るのと合わせて開拓を行う厳しい未来に挑まなければならない。


これからの僕たちは休むことさえ贅沢な事になるだろう、お金や物資の余裕なんて無くなるかもしれない。


だからその前に、これからの苦労を受け入れてくれたシーナへの愛の証として、僕からの誠意の証として結婚指輪を注文しに来たんだ。



”カランコロン”

綺麗な鈴の音が工房に響き一人の女性が僕を迎えてくれる。


「こんにちは、お客さんで良かったかしら?」


は、はい、ローセシア村のジンと申しますっ、指輪をお願いしに来ました。

こ、こ、これを。


しどろもどろになりながら紹介状を渡す。


「はい、はい・・・あら、一通はクルトンさんへの紹介状ね。

ちょっと渡してくるわ、そこに座って待っててね。

シャーレー!お茶を一つ、お客様にお願い!」



お茶まで出してもらった。

ズズズズズ・・・、すんごい美味しい。

シーナへも飲ませてあげたいな。



「こんにちは、クルトンです。ジンさんで宜しかったですか?」


はひっ!!!

ジ、ジ、ジ、ジンですすぅぅーーー。


ち、ち、ち、ちょっと!お伽話のオーガかと思ったんですけどっ。

カイエンさん!先に教えてくれても良かったと思うんですけどっ、こんな大男だなんて。


「ははは、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。

さあ椅子に座ってください、依頼の内容を確認しましょう」


うわ、この人が部屋に入って来ただけでこの工房がグッと狭くなったように感じる。

なんて言うんだろう、声は優しいのに太古の巨獣から声をかけられている様で委縮してしまう。

巨獣なんて見た事無いんだけど。



「カイエンさんからの紹介状だと結婚指輪が欲しいとか。不躾で申し訳ないんですがご予算は如何ほどで?」


あ、あ、こんな買い物初めてで・・・相場ってどの位なんでしょうか。


「私は付与も扱えますので内容によってピンキリとしか。

銀の指輪1対でサイズ調整の付与のみでしたら・・・親方、幾らくらいで店頭に並べますか?」


「大金貨4枚(約80万円)だな」

え!!そんなにするんですかぁ・・・


クルトンさんと一緒に来た親方さん?が答えてくれました。


「こいつは”あの”チェルナー姫様の成人の祝い、その品物の製作依頼を国王陛下から"直接”受けた職人だ。

歳は若いが腕だけじゃなく格でも最上級。コルネン以外でこいつの作品を求めるならこの3倍の値が付いてもおかしくねぇ。

実際大金貨4枚は卸しの値段だ、紹介状が有ったからな」


親方さんが職人のクルトンさんの事を説明してくれました。

はあ・・すごい人なんですね。



しかし紹介状ありきの優待価格で大金貨4枚ですか、それ程の職人さんの作品ですものね・・・すみません、お手間取らせました。

出直してきます(´・ω・`)ショボーン。



そうか、カイエンさんは凄い人を紹介してくれたんだな、でも俺には不釣り合いなくらい格式高い工房だったみたい。

腕は間違いないんだろうけどもうちょっと他を当たってみよう、本当に残念。


「あの、失礼ですけどお住まいはローセシア村でしたよね?小麦で有名な」

クルトンさんからそう問われ

「え、はい」

そう答えました。


「因みにジンさんは小麦を作ってます?」


ええ、来年の結婚に合わせて独立するんですけど引き続き小麦も作っていくつもりです。


「でしたら・・・支払いは小麦での現物、分割払いでどうですか?」



「あなた、これで約束の分は積み終わったわ」


有難うシーナ、これで今年の支払いも無事終える事出が来る、ホッとしたよ。

カイエンさん、毎回申し訳ありませんが運搬宜しくお願いします。


「任せとけ、こっちこそ毎年小麦を卸してもらって助かるよ。

預かった分はちゃんとマルケパン工房に届けるから安心してくれよ」


ええ、お願いします。


クルトンさん、喜んでくれると良いんだけど


「はは、パン工房のオーナーも大助かりだぜ。毎年楽しみにしてるよ、運んできただけの俺にまで礼を言われるくらいだからな」



ローセシア村のジンが注文した指輪は予算の他諸々の都合で”銀”ではなく蹄鉄を再利用した”鉄”で作られた。


鉄を使用した指輪は商品の品ぞろえには無かった。

その為、新規開発案件となって結果商品が出来上がるまでクルトンの工数をかなり費やす事となるが、1対(2個)の指輪のうち男性用の指輪をクルトン作品の商品開発試作として経費で計上した。

これにより費用は開発費で償却する事となり女性用の指輪分の金貨15枚(約30万円)のみをジンが小麦で支払う事となる。



試作の名目のもと、クルトンが「付与の負荷に鉄がどこまで耐えられるか」の検証を行った事により当初サイズ調整、防錆のみの予定だった付与効果が『疲労軽減』、『安眠』、『自己治癒』等々盛れるだけ盛った『鉄の指輪』が完成する。


そしてジンだけでなく、この指輪を贈られたシーナはそれ以降病気になる事も、足腰の衰えに悩まされる事なく健やかな生涯を過ごし、

指輪の効果で健康で頑強な体を手に入れた二人は5人の子供に恵まれ、

その頑強な身体の恩恵も相まって土地の開拓に成功、農地を次々と拡大していった。


指輪の代金支払い終了以降も小麦の収穫が終わった6月になるとマルケパン工房へはジンからの小麦が毎年届けられ、それを挽いた小麦粉で作られたパンは『夏のパン祭り』としてマルケパン工房から提供、恒例行事として定着していく。




結局『鉄の指輪』が作られたのはこの一回だけだった為、クルトン唯一の作品としての希少価値が上がっていった事により、この指輪はジン、シーナ没後に防犯も兼ねて王立博物館へ寄贈される事となる。


後に金属の王と称される鉄への付与効果サンプルとしての価値も見いだされ、タリシニセリアンの近代化を100年前倒ししたと評価される重要な作品となった。



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