第197話 目覚め
野外での昼食を挟み諸々の書類の手続きを済ませました。
その後の移動の為スクエアバイソンを宥め、引継ぎの騎士さんに扱い方をレクチャーしている俺、クルトンです。
コルネン街内に入ろうとするもやはりスクエアバイソンも付いて来るので色々言い聞かせると共に、騎士さんへ両手で扱う付与付きブラシを渡して毛並みの手入れを説明しています。
人の言葉をそのまま理解する事は出来ない様だが意図は通じたみたいで、寂しそうではあるが騎士さん達からのブラッシングを受けながら伏せの体勢でこちらを見ている。
「また明日来るから」
そう声をかけて出発しようとしたところに新鮮な青草を荷台いっぱいに乗せた馬車が到着した。
飼葉の様だ、タイミングバッチリだ。
スンスン鼻を動かすとスクエアバイソンはゆっくり立ち上がり飼葉を食べ始める。
いつも通りに見えるが、モッシャモッシャしてる最中に口から流れ落ちる唾液の量が凄い。
かなり気に入った様だ。
一緒に大きな桶を脇に置くと魔法使いだろう、魔法で水を出して溜めている。
飲み水の準備だね。
俺も手伝い直ぐに桶がいっぱいになるとスクエアバイソンが水を飲みだす。
近付いて優しく頬をひと撫でして世話役の騎士さん達に任せるとカンダル侯爵様の馬車に同乗しようやく帰路についた。
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「おかえり。今回は随分長かったな、その分良い仕事も出来たんだろう?」
叔父さんからそう出迎えられます。
ええ、充実した王都でした。
まだ残している仕事があるので暫く忙しいままですけど。
「良い事じゃないか。あとお土産有難うな、しかも2回」
「そんなに気にしなくても良いのによ」と言いながら俺の背を押しダイニングの椅子に座らせます。
これから土産話をしないといけないんだろうな。
先に座っていた皆の期待の目が痛い。
さて、どこまで話せるのか。
「で、その元老院てのは結局何するところなんだ?」
「へー、あのベルニイスの王子様、姫様と知り合いになるなんてねぇ」
「あの、その、自由騎士ってのはそんなに凄いのか?」
「そういやあの迷惑な奴らの事を最近聞かなくなったな、そのせいか」
「街の外に居るのか・・・明日見に行こう。スクエアバイソン・・・デカいんだろうなぁ(ソワソワ)」
話しをしながらアイザック叔父さん、おばさん、息子さん二人、ベルケお爺さんから問いかけられる内容に対し受け答えしていきます。
ベルケお爺さんはスクエアバイソンの話を聞くとソワソワしてマルケお祖母さんから「落ち着いて」と窘められている。
いや、分かるよ。
でっかいのはワクワクするよね、それだけでロマンがある。
俺も前世で子供の時は建設中のビルにワクワクしたもんだ。
スクエアバイソンは明日一緒に見に行きましょう、かなり大人しいから問題ないですよ。
・・・で、さっきから狸がシンシアの膝に座って寛いでるんだけど誰も突っ込まない。
珍しいと思うんだけどな、昨日の顔合わせで直ぐに受け入れられたのかな。
しかし食品扱うから室内ご法度じゃなかったっけか。
狼達も室内にいる時は勝手口付近だったんだけど。
「小さいし大人しいからな、獣臭さも無いし。
それに頭も良いんだろう、昨日は言いつけを良く守って店と厨房に入る事も無かった。」
俺の水魔法とブラシで入念に洗ってますからね。
それが功を奏したのであれば良かった。
「それにとても愛らしいわ。店先に居てくれるだけでお客さんが増えると思うわよ」
叔母さんがそう言うと言葉の意味を理解したのかしていないのかタヌキは顔を上げ
”キュるん”
って擬音が聞こえるくらいあざとく首を傾げる。
「「本当に可愛いわぁ~」」
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叔父さん達からは今日は休んでおけと言われたが疲れていた訳じゃない、
だから夕方の仕込みを済ませパンが焼き上がると今日最後の開店を知らせる為の看板を置く。
何気ないコルネンで過ごすいつも通りの日常にすっぽり入り込み、王都の生活が幻だったのではないかと幻影を見た様な錯覚を唐突に自覚する。
確かに残る王都の『思い出』は、たった数日で完全に『過去の出来事』として俺が認識する現実世界から新しい記憶によって押し出され、急速に実感が薄れていくと完全に記憶という『脳内の情報』に変換される。
まるで記憶の中にいる過去の自分と今の自分との同一性を証明する大事な何かが零れ落ちている、そんな不思議な気持ちが湧き上がり目の前の視点が俯瞰したそれになると遠く、高く意識が離れていく。
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夢だったのだろうか、そうだったとしても違和感はない。
一瞬だった自覚はあるのに新たに得た情報は確認するのを躊躇う程の膨大な量。
そうだ・・・最初からゲームへ実装されてたじゃないか。
初めてプレイするあのMMORPGを、奮発して購入したパソコンにインストールしたその日。
インストール後に作成されたアイコンをダブルクリック、ワクワクしながらゲームを起動して自分の分身となるキャラクターを操作してプレイしたチュートリアル。
それをクリアしてオープンワールドのフィールドに放り出された時、その時からデフォルトで起動していた機能。
表示/非表示の切り替えも出来るスキルでもなんでもない、ゲーム内ではただの機能。
『マップ表示』
ハウジングを使用できる様になって世界の一部を情報として取り込んだのもきっかけの一つだったと思う。
もちろん行った事が無い土地の情報ばかり、だけど・・・ようやくと言って良いんだろう。
海図を含めたこの世界の地図情報の全てが俺に開放されると同時に、『世界』と『俺』はようやく互いを受け入れた。
きっとこの瞬間、この世界でのチュートリアルを俺はやっとクリアできたんだ。
今まで見定める事が出来なかった基準点、
俺は目指すべき力の頂の麓、スタートラインにようやく立つ事が出来たんだ。
ならばその頂に邁進するだけ。
ああ・・・世界はなんて厳しく、そして俺の好奇心を刺激するのだろう。
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