第188話 また来る日まで
ここのお茶も旨いよな、どこの茶葉を使っているか教えてもらおう。
宰相閣下の執務室でふかふかのソファーに座りながらお茶の味を堪能している。
何ならカップを持つ手の小指を立てちゃったりしている俺、クルトンです。
「・・・考えが追いつかんな」
「インビジブルウルフ卿が敵だった場合を想像してくだされば分かり易いでしょう。
一般人を装い近づいてそのまま王城を制圧する・・・そんな事も可能です。
『ハウジング』で区画の設定をするだけで登録者以外は区画外に弾き飛ばされるのですよ?
制圧し続ける為には兵站も必要になりますから永遠にとはいきませんが、たった1人で完全な無血開城を達成できます、それだけで歴史に残りますな。
これをもとに演劇にでも仕立てれば大人気間違いないでしょう」
最後はお道化たように護衛の騎士さんがそう話す。
「・・・」
「故に彼が『ハウジング』と言っていた技能は秘匿すべきと思います。
この力は味方であっても恐怖の対象となり得ます・・・畏怖ではなく。
大規模な魔獣討伐、襲来時でもない限り使用には細心の注意が必要かと。
これがもとで他国の間者達にインビジブルウルフ卿の排斥運動でも扇動されたら厄介極まりない、合わせてそれ程強力な力を野放しにするのかと王家に批判が向けられる事も想定しておかねばならんでしょう」
「強すぎる力は諸刃の剣とはよく言った物だ・・・そうよな、血を流すだけでは収まらないかもしれんからな」
皆の視線が俺に集中します。
「アンシンシテ、ボク悪イ クルトン ジャナイヨ」
「なんで片言なんだ?」
いや、なんか不穏な空気を和ませようと。
まだ俺に視線が集中しています。
今まで通り俺の存在を不自然にならない程度に秘匿するって方針ではダメなんですかね?
以前から王都内を移動するときは認識阻害を発動してましたから『インビジブルウルフ』は都市伝説的存在と混同させるように世論誘導してみてはどうでしょう。
「それも一つの方法だが・・・建国以来代々正道、王道で国を運営をしてきたのでな、自国民に対してそのような諜報活動は苦手なのだよ。
何せ初代タリシニセリアンは来訪者から認められ、直接この地域の平定を任されたのだ、王家ならずとも国民にもその自負が有る。
国を治める資格を貶める様な事はなかなかできん。」
何か途端に壮大な話になった。
でも俺が姿を気取られない様にするだけなら何とでもなりますよ?
それじゃ駄目なんですか。
「駄目に決まっているだろう。素顔は晒していないがお前のお披露目は公開訓練の時点で既に終わっているのだ、正式に。
常時抜き身の剣を持つ者が王都に紛れ、しかもそれが居る事は間違いないのに認知できない恐怖など・・・普通の者なら気が狂うぞ、お前が追い出した間者がいい例だ」
そうか、言われてみれば宰相閣下の言う通りだ。
決して捕まえられない殺人鬼が紛れているなんて恐怖でしかないな。
俺は殺人鬼ではないけど。
・・・どうしよう。
ハウジングは腕輪の改善を進めるにあたり、協力を依頼する加護持ちの方の為にも必須の技能。
使う事は確定なのだけど余計な波風が立つかもしれないしワザと立てられるかもしれない。
湧きたつかもしれない悪意に対策を立てねばならない、ままならないものだ。
本当に開拓村での生活が恋しい。
結局ハウジングの件は「とりあえず秘匿する」と言う何ともラフな結論となった。
完全に秘匿する事にしてしまうと腕輪の開発速度に影響が出かねないので重要な方に合わせた形だ。
陛下には宰相閣下から報告するらしい。
でも、それでいいんじゃないかな。
なんとかなるよきっと。
・
・
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そしてとうとうコルネンへの出発の日が来た。
馬車の整備も完璧でスレイプニルたちの体調も万全。
ソフィー様から厩舎の進捗説明してもらったし、ちゃんとリンゴの苗も積んだ。
そして今、ソフィー様を始めとしてアスキアさん、フンボルト将軍、そしてチェルナー姫様が見送りに来てくれている。
そんな、もったいない事でございまする。
「通常の半分の期間で到着するとはいえ道中は気を付けるのですよ」
「はい」
「王都に来た時は必ず王城に顔を見せに来てね。もしかしたらアスキアと外遊に出発しているかもしれないけど(笑)」
「はい」
「次に来た時は治癒魔法の上達ぶりを見せてくれ」
「はい」
皆シンシアに別れの挨拶をしている、チェルナー姫様、ソフィー様などはハグをして別れを惜しんでいる。
(・ω・)・・・俺空気じゃね?
「はは、シンシア殿も滞在期間中の僅かな期間でかなり成長しましたな」
ニココラさんが俺にそう言う。
今日の俺達の帰還の話を聞いて駆けつけてくれた形だ。
ニココラさんとは王都に来てから何回か会って奥様たち同伴で食事に誘ってもらった。
その際にはとても美しい奥様達からこちらが恐縮する位お礼を言われた。
その理由は・・・俺は何も知らない。
・・・そんなに儲かったのかな?
「インビジブルウルフ卿には大変感謝しております。
今回もダイヤを卸して頂いて。来月のオークションは過去最高の規模になる事間違いなしですよ」
ええ、期待しています。
「ああそうだ、やっと角付の討伐報酬の目途が付いたそうだ、近々お前の口座に振り込まれるだろうから楽しみにしとけ」
脇からバカでかい声でペンちゃんがなんか言ってくる。
耳がキーンとした、何言ってるか分からなかったよ。
もう一回言ってください。
「角付の討伐報酬の目途が付いたそうだ、今回は4頭分で角も完品だったからな。かなりの金額に腰を抜かすぞ」
「期待していろ」と言われるのと同時に背中を叩かれ馬車の方へ押し出される。
すっかり忘れてた、そういえばフォネルさんが王都に家が建つほどの金額だろうって言ってたな。
最後に良い話を聞けて良かった。
後は道中無事に進める事を願うだけ。
「それでは」
と短く挨拶するとシンシアと狸、ぺスを客室に促し俺は御者席に乗る。
護衛の騎士さん達の騎馬と2匹の狼が俺達の乗る馬車を取り囲み、「出発!」そう先頭の騎士さんが号令を発すると馬車が動き出す。
とうとう出発だ。
さらば王都、また帰ってくるよ。
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