第180話 誰がために振るう右腕
引き続きウリアム宝飾工房からお送りする俺、クルトンです。
この義手の完成をもって次のステージに移行します。
欠損部位の修復作業・・・治療です。
マチアスさんが座っている椅子の位置を変えてもらい右腕を俺の方に向けてもらう。
かなり高名な薬師が出来る限りの治療をしたとの事でしたが患部を見ると薬と体がもつ自然治癒力に頼った治療にはどうしても限界を感じます。
しかしそう感じるのは薬師の腕が悪いのではなく治癒魔法がチートなだけ。
現代日本の医療でも食いちぎられた腕の治療はこんなもんでしょうよ。
早速患部に手で触れ状況を確認、魔力を浸透させていくと当時の治療の経緯がある程度分かる。
傷を塞ぐ為患部の先端を刃物で切除、縫合した様だ。
壊死した箇所の他に消毒出来なさそうな怪しいところも含めザックリ切除、仕方ない事だがこれにより肘関節も一緒に切り取ったと思われる。
これを麻酔なしでやったんだろう。
なんでそんなことが分かるかって?
簡単な事だ、この世界に麻酔は無いから。
正しくはこの世界の人類が持つ頑強な体には麻酔がほとんど効かないから。
シンシアの膝の治療後に麻酔の魔法を開発しようとして結局諦めた理由がそこだ。
出来るかもしれないが魔法の開発に割く時間が無かったってのもある。
身体が丈夫なのも考えものだな。
でも安心してほしい、俺の治療では痛みなんて感じない、多分。
「多分ですか」
ちょっと心配してマチアスさんが聞いてくる。
薬師からの治療時はあまりの激痛にいっそ気絶しないものかと思っていたらしいし。
大丈夫ですよ、本当に(笑)
大気中にある魔素を触媒に俺の魔力と合わせ患部へなじませると、各部位の細胞、組織を可能な限り詳細にイメージして治癒魔法を発動する。
「おお!」
いつもの乳白色の光が患部を包み、3Dプリンターの様に肘付近から徐々に指先に向かって腕が構築されていく。
シンシアの膝より大きな怪我、且つ再構築する範囲も広いがあの時と比べて魔力の消費がかなり少ない。
俺の治癒魔法の習熟度が上がったのか?
そうしているうちに治療は順調に進み、腕の再構築が指先に到達すると光はその輝きと一緒に治療した腕に吸い込まれていった。
完了しました、動かしてみてください。あ、最初はゆっくりですよ。
恐る恐ると言った感じで右腕を上げるとゆっくり肘を曲げ手のひらを顔の前に向ける。
それから親指から順に指を曲げ拳を作るとさっきとは逆の動きで手を広げる。
段々動きが早くなり「剣・・・いや、何か棒でもありませんか?」と聞かれ掃除道具置き場から箒を持ってきて渡すと感触を確かめる様に握り込み”ブン!”と一振り。
箒はあっけなく折れて軽く飛んでいくと部屋の壁に当たって床にコロンと落ちた。
「・・・・」
泣いている、男泣きだ。
そんなに泣いたら目玉の水分無くなるんじゃないかって位に大量の涙を流して、声も出さずに泣いている。
「ヒック・・、ヒック・・・・」
いや、出してた。
「有難う・・・有難う・・・・」
・・・どういたしまして。
・
・
・
仕事の区切りは付いた、あとはもう2個義手を作って引き渡せば完遂する。
毎度のことだが一度作ってしまえば2回目以降は大した時間はかからない、
トラブルが無ければ3~4日で完成するだろう、それが終わればコルネンへ帰る準備だ。
今回は王都に結構長い事いたなぁ。
その旨をマチアスさんに伝えると
「そうか・・・インビジブルウルフ卿は王都に居を構える気はないのか?」
そう聞かれる。
その言う側から右手の指をワシャワシャしてる、随分嬉しそうだ。
まあ、そうだろうね。
家は無いけど俺の事務所は建設が進んでいます。
何か有れば王城広報部かその事務所に伝言してもらえれば連絡つくと思いますよ。
ああ、宝飾ギルド本部でも大丈夫だと思います。
「父上と共同で義肢装具の普及団体も立ち上げるのだろう?当然私も協力する。
早速創設に向けて各所へ働きかけるが都度進捗を伝えるよ」
そんな気になさらなくても構いませんよ、伯爵様がうまく調整してくれるのでしょう?
おそらく王家、国民の支持を広く受ける事業になるでしょうから大丈夫だと思います。
ベルニイスはかなり特殊ですから例外として、基本この世界の人は子供と女性、そして弱者にはかなり優しいですから。
治癒魔法協会が何か言ってくるかは心配ですけどね。
でもこれは考えても詮無き事です。
「あそこは、あくまでも私の主観だけど、
治癒魔法協会が悪とは思わないが・・・いや間違いなく善ではあるんだが、今までに下した決断が正しく望んだ成果に結びついたかと問われれば否だね。
あの組織は正論と言う建前ですべての行動を決断するから後の失敗、過ちを決して認めないんだ。
自分で自分の首を絞めている様なものさ」
ああ、分かる様な気がする。
有った、前世にもそんな組織、そんな人。
謝ったら死ぬって病気に罹患しているところ。
矛盾を内包する心と言うものへの無理解、無頓着から生まれる無神経な振る舞い。
建前、正論はもちろん重要だが、それに縛られるあまり本来どうでもいい事にも意味、理由を求めてしまう生き方。
うん、とても面倒くさい。
眠いから寝るのに「なんで眠いんだ?日頃の不摂生が影響しているんじゃないか?」なんて就寝時間に聞いてくるようなアホな思考を、本気で検証して反論しなければならないという面倒くささ。
こんな感じだろうか。
ああ、関わりたくねぇ。
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