第179話 心が体の主人なのでしょう
ウリアム宝飾工房に向かっている俺、クルトンです。
腕輪の試作と並行してやっていた事が有ります。
そうです、義手の製作です。
これに限って言えば作ることは出来ても使い方のイメージがなかなか湧かないので、製作当初からセロウゼ伯爵のご子息であるマチアス・セロウゼさんに協力頂いている。
今日も貴重な時間を割いていただき義手の細かい調整を行う事になっている。
最初の挨拶の時、セロウゼ伯爵とマチアスさんご本人にこの義手制作の達成条件を説明した。
それは人間の手に限りなく近づけるという事。
やろうと思えば今回の肘を含めた右手の義手は、人間では絶対無理な動きをさせる事も出来る。
手首や肘を無制限にグルグルさせる事も可能だ。
つまりみんな大好きドリルを装着する事も夢ではない。
これはある意味とても有効で、素手では触れない温度の物を掴んだり溶剤の処理、野外で遭遇した毒蛇や毒草なんかも義手で取り扱う事が出来るだろう。
そして一番の利点は何かあったら、それこそ故障したらスペアが有る限り何度でも交換、すぐに腕としての機能を復旧できるって事だ。
治癒魔法師の治療は必要ない。
ワザワザ腕を失いたい人などいないが、俺が作る義手が有ればその部位に限った事ではあるが大幅な身体強化に比類する能力を簡単に持つことも可能となる。
にもかかわらずあえて人の枠に収めようとするのは俺とマチアスさんのこれからを考えての事。
なので治癒魔法で修復した本物の腕を『義手』と誤解させる事への仕込みの為にも本物との判別がつかないくらいまで突き詰め、精巧に造らねばならない。
あまりに本物に似すぎて「それは義手だから痛くも無いんだろう?」と興味本位で粗相をしてくる輩も居るかもしれないが、これはかなり高価な義手だと、壊れたら弁償してくれるのか?と脅せるくらいの金額をセロウゼ伯爵には提示している。
具体的には大金貨1000枚(日本円で約2億円)
これは建前上の金額でその2%を俺の報酬とし、差額は後にセロウゼ伯爵が設立する事を約束してくれている義肢装具の普及団体への創設、活動資金として俺からセロウゼ伯爵へ融資する事になっている。
ややこしいですね。
はい、税金対策です、俺大事な事言ったアルヨ。
治癒魔法師の治療を受けられない四肢の欠損に苦しむ人たちの助けになればと提案した事ではあったが、セロウゼ伯爵は口角を吊り上げ「あいつらのしかめっ面が目に浮かぶ」と零して二つ返事で普及団体への(俺経由での)融資も含め協力を引き受けてくれた。
やっぱり治癒魔法師協会と何か確執が有るのかねえ。
あえて聞かないけど。
いずれにせよマチアスさんの腕は俺が治療、修復して今作っている義手は量産見本として義肢装具の普及団体に寄贈される。
こうして度々マチアスさんとの打ち合わせ、義手の調整は進み本日に至る。
今日は最終調整となる予定だ、問題なければこれを見本としてあと二つ製作する。
合計3個仕上げる事になるが一つは先に言った通り見本として寄贈、一つは使っている事にして自宅に保管、一つは全くのスペアとしてこれまた保管。
スペアはもしもの時の保険、使う予定は無いので本当に万が一の為の修理時の部品取り用としての意味合いもある。
そしてこれが終わればようやく治癒魔法で腕を治療、それをもってこの仕事が完全に終了する予定だ。
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どうですか?
マチアスさんが右手義手を確認、検証しています。
前回指摘が有った触覚の再現も施しましたからだいぶ『腕』として違和感が無くなったはずです。
「・・・自分の腕じゃない事の方が信じられないね。なんだろう痛みや熱の感覚は無いのだけど物に触れたり持った時の感覚は違和感が全くない。見た目も・・・本当に『ただの腕』だね」
痛覚等はあえて再現していません、義手の利点でもありますし。
「という事は再現できるのかい?」
ええ、とどのつまりは電気信号ですから。
「デンキシンゴウと言うのは良く分からないが・・・、それだと体の殆どを君の作品で代替できるように聞こえるね」
そんなことはありませんよ、内臓や脳、血液、生殖器官なんかはどうやっても出来ません。
「いや、それ以外なら出来るような言い方だが・・・摂理に反するのが恐ろしいからこの話はここまでにしよう。
取りあえず義手はこれで完成という事で良いと思う。本当にありがとう」
いえいえ、礼には及びません、少なくない報酬を頂いての仕事ですから。
むしろこれからが本番ですよ。
治療を施した後も義手をしている様に振舞っていただかなくてはなりません。
一生・・・にならない様に私も根回ししますが、それまで結構ストレス有ると思いますよ。
「構わないさ、もう一度剣が振れるなら。この手で魔獣の脅威から皆を守れるのなら。」
腕を引きちぎられても心は折れていなかったようです。
俺も見習わなければなりません。
なんだかんだ言っても俺はこの世界に生まれてからは怪我らしい怪我をした事が無い。
幸運な事ではあるがもし同じ境遇になった時、治癒魔法が使えるとしても俺はこのような強い自我を保てるだろうか。
前世では風邪で咳が続いただけでも気が滅入っていた俺だから腕など無くしたらどうなるか・・・ちゃんと冷静に自分で治癒魔法使えるかな。
なまじ平和な時代の日本人の記憶が有るだけにこの強靭な身体でなかった場合の、もしもの世界の事を考えると肝が冷える。
調子に乗らない様に注意しよう。
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