第161話 巨狼の系譜

いつの間にかそれなりの人が修練場に集まってきました。

サイレン王子、目を覚ましたラドミア姫も外周の壁際まで退避して俺達に注目しています。


はい、現場でハーレル王子と対峙している俺、クルトンです。



ハーレル王子は片手剣と直径50cm程の丸楯を使用するオーソドックスな戦闘スタイルの様です。

ただし左手に装着している丸楯がどう見ても無垢の金属製、厚みもそれなりに有りサイレン王子が使っていた両手剣以上の重さが有る様に見えます。


「では始めましょうか、最初から本気で行きます」

ゆっくりではあるがこちらから目を離さず盾を前に構えを取る。


「お手柔らかに」

そう言うと俺も構えを取る。



ジワジワ間合いを詰めてくるが妙な感じがする。

俺から見えるハーレル王子の体の縮尺と前に突き出している盾の大きさに違和感を感じる。


・・・何か技能、能力を使っているのだろうか。



圧倒的な身体能力に物を言わせて加護持ちや魔獣と対峙、対処してきたが、俺は自分が実践において経験不足で有ることを自覚している。

この世界で未だ知らない技能、能力が有る事も理解している。


だから今まで先手必勝とばかりに相手が何かする前に事を終わらせてきた。

搦手で俺が惑わされるリスク、経験差で生じる不利を、そこで生じる無駄な時間を極力削る戦いをしてきた。

多分、不器用な俺はこれからもそれは変わらないだろう。



だから迷いはしない、早々に終わらせる。


攻撃スキルを使うのは無し、これは殺し合いじゃない。

ならば狙うのは身体ではなく盾、剣の武具だろう。


ハーレル王子は急所のみ金属で保護する軽装鎧では有るものの兜だけは金属製のフルフェイスを装着しているため表情から呼吸を感じることは出来ない。

しかも良く訓練してきたのだろう、心臓の鼓動から広がる体への微細な振動も感じ取ることが難しい。

まるで暗殺者のそれだ。


そして兜の奥から覗く瞳は殆ど動かず、視線で攻撃箇所を推測させない様にしている。


やっぱり長引かせるのは不味いな。





当たり前のことだがこの世界にも時間の概念は認知されている。


意識していないが起こす事象の結果も時間が経過しないと現れない。

視覚、聴覚、触覚や第六感的な勘であっても攻撃を認識、予測して対処の為に事を起すまでにはどれ程短くとも時間の経過が必要になる。


そしてその経過の最中はどうしても無意識状態、無防備になる。

その隙間に付け込むのが武術の技の一つの到達点だと俺は思っている。


見えているのに反応できない、そんな感覚を実現させる技術。



だが、今回はそんな認識すらさせない。

認識阻害は使用せず純粋な速度のみで俺の拳をハーレル王子に到達させる。


”ブンッ”

俺が踏み込むと同時に魔法でハーレル王子へ繋がる導線上の空気の濃度を下げる。

一瞬のうちに空気を外に圧縮、押しやって衝撃波の原因を出来る限り取り除くと、その真空状態のトンネルを潜りハーレル王子の盾目掛け正拳突きを繰り出した。



武芸の鍛錬は5歳の時から怠る事なく磨いてきた。

上達は早くはなかったが王族という幸運のもとに生まれた事もあり平民であれば労働に費やす時間を高名な武芸者のもとでの鍛錬に当てる事が出来た。

そのこともあり着実に実力を積み上げ、今では我が国内でも上位20位には入るまでになっている。


それでも武芸の頂には未だ雲がかかり、その姿を望むことは叶わない。

それは承知している。

何年前になるだろうか、その証拠にこの国のデデリ殿に手ほどきを受けた際には全く歯が立たなかった。

あの御仁はまさに知性の有る魔獣の様な方であったな。


そして今日のインビジブルウルフ卿だ。

挨拶の時に既に叶わぬと分かってはいたが、試合ともなれば負けるつもりで挑むなど相手にも失礼となる。


最初から全力を出した、私が持っているたった一つの技能も使って。


『ファントム(幻影)』、それが私がこの技能に付けた名だ。

私、又は私の一部の幻影を任意の場所に映し出す能力。

任意とは言ってもせいぜい自分から1m程度離れたところが限界ではある。


今回であれば盾を実際の30cm程前に映し出す。

たった30cmとはいえ視覚を欺き間合いを狂わすには十分な効果を発揮する。


これを距離、使うタイミングをその都度調整して虚実織り交ぜ相手を翻弄する。

地味に感じるかもしれないが人だけでなく魔獣にも効果を発揮する優秀な技能。


この技能の助けを借りながら相手の動きを予測し行動をコントロール、盤面遊戯の様に追い詰める。


それが私の勝利へのセオリーだったのだが・・・。




「参りました」


そう言うしかなかった。

私の能力が一切通じない、いや通じているのかもしれないが意味をなさなかった。


何もできなかった。

突然左手に衝撃が走ったと思った時には砕けた盾の向こうに彼が居た。


そう、突然だ。

戦いの最中は瞬きすらしない様に訓練していた私の瞳でも、彼が『移動』してきた事を認識する事が出来なかった。


「これは『縮地』でしょうか」

しびれた左腕を抱きかかえそう問う。


足捌きの一つの到達点・・・・・『縮地』

会得する為には身体の修練のみならず悟りに至る必要があると言われる技。


叶わぬわけだ・・・。



「いや、縮地って?違いますよ」


「え?そうなのですか」

ハーレル王子がキョトンとしている。

ええ、脚力と胴のバネに任せて俺の最速で懐に入っただけです。


「しかし・・・その、突然目の前に現れたと言いますか」

ええ、本気でしたから。


「単純な速さであの境地まで到達したと?」

そうですね。(魔法は使いましたが)


「その・・・凄まじいですな」

いやー、それ程でも。



壁際に居たとはいえ周りに集まっていた騎士さん達は体に着いた砂、埃を払っている。

正拳突きの際に進行方向の空気を側面へいっぺんに押し出したものだから俺たちから見て横方向に風が巻き起こった様だ。


目をこすっている人もいる、本当に申し訳ない。



「こうして観るとクルトンの技はどれも一定の法則に則っている様に感じるな。明らかに系統立てている、師匠は誰なのだ?これほどの技が辺境の村に埋もれているなど不自然極まりない、ぜひ私も教えを請いたいのだが」


近付いてきたフンボルト将軍からそんな話が出ますが俺は説明出来ずに苦笑いするだけ、本当にどう説明したらよいのか分からないのです。


「師匠はいるのだろう?」

居ましたが・・・。


「・・・そうか、悪い事を聞いたな。この話はここまでにしよう」

?なんか勘違いしてくれたみたい、ならばと俺はそれを否定も肯定もせずに黙り込む。



俺自身どう伝えたら良いか未だに答えを出せずにいるのですよ。

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