第160話 力の頂

翌朝、一人修練に励んでいる俺、クルトンです。


昨日の事を思い出す。

シンシアが執務室まで駆けつけてくれなかったら結構ヤバかったかもしれない、本当に助かった。


改めて考えると多分、今この時はまだ俺の一生の中での準備段階だったんだ。

もっと・・・もっと上、到達できるか分からない力の頂を目指していかなければならない。


それで救える命が有るのだから。




気合いを入れ直し、早速空手の型を反復練習している。

改めてこの身体は優秀だ、前世との比較ができる俺なら分かる。

師範に教えてもらった型が思う通り、その通りにトレースしていくこの身体に筋肉の質量とそれが生み出す純粋な力、そしてこの世界に存在している魔力を使った威力の嵩上げとそれに耐えうる身体にする為に更に骨、筋肉、血管、血液諸々の増強と動作のアシストが乗算のように加わっていく。


俺が拵えた胴着は最初に拳を突き出したときに蒸発した様に塵となり、今は上半身裸でボクサーパンツ一丁の様な風体で練習しているが気にしない。


マッパじゃなければ大丈夫。


それに他の人達に迷惑かけない様に日が昇る前に練習してるし替えの胴着も準備してここに持ってきている。

準備は万端のはず。



「おい、あれは何なんだ?」

城内を警備巡回していた衛兵が同僚に尋ねる。


ようやく陽が上り始めた矢先、修練場から何か破裂するような音がけたたましく鳴り響き、巻き起こる風で砂が上空まで舞い上がっている。

そして時折稲妻の様な光が空に向かって行くのと同時に嗅いだことが無い刺激臭が鼻をつく。


「・・・竜でもいるのか?」

「そんなことは無いだろう、ここは王都だぞ・・・?」


あまりに現実味が無くて一瞬的外れな会話をする二人。


しかし直ぐに事の大きさを認識し行動に移す。

「ああ!、放っておく事もできん。俺が確認しに行くから隊長に伝令頼む」

「承知した」




伝令を受けフンボルト将軍と小隊長以下騎士4名が現地に到着するも止む事のない突風と稲妻、そして異臭によって修練場に入る事は叶わず、ただそれが収まるのを待つしかなかった。



「クルトン、いくら何でもこんな朝から迷惑だとは思わんか?」

はい、申し訳ございません、集中していたものですからとんと周りが見えておりませんでした。


よりによってフンボルト将軍から説教を受けるとは思わなんだ。

パンツ一丁で正座の俺。


「もうちょっと自分の力を考えてだな・・・しかし妙に空気が澄んでいるな」

プラズマ洗浄ですかね?いや、良く分かりませんけど。


「まずはそれは置いておいて、あれがお前の全力か?」

いえ、正確な動作を意識しての反復練習ですので手は抜いていませんが全力ではありません。


「本当か。それであれば王都内でお前が練習できる場所は無いぞ・・・どうする?」

ムーシカの運動も兼ねて外にひとっ走りしてそこで練習しましょうかね。


「近郊の農地にも気を付けないといかんぞ、それにシンシア嬢の護衛はどうする。コルネンの騎士に任せるのか?」

痛いところ突いてきますね、幸運な事に狂信者どもは一掃しましたから暫くは大丈夫でしょう。

念のため朝の鍛錬の時間だけ王城内にいてもらえばいいんじゃないでしょうか。


「そうだな。でだ、明日は付き合うから儂も連れていけ」

・・・こんな事は言いたくないですがフンボルト将軍では俺の相手になりませんよ?


「俺はそこまで無謀でも傲慢でもない。人の力、技がどこまで昇華出来るのか見たいだけだ」


邪魔しなければ構いませんが朝早いですよ、寝坊したらおいていきますからね。


「構わん、では決まりだな」

説教の時のしかめっ面が今はニコニコしています。


「私たちも同行したいのだが宜しいか?」

うん、知ってた。

あえて無視していたが騒ぎを聞きつけてハーレル王子たちがここまでやって来ている。

さっき「なんか面白そう!!」ってな顔で爆走してきた。


「お父様、それもそうですがとりあえず今日からインビジブルウルフ卿が稽古をつけてくれるのでしょう、今からお相手してもらいましょう」

うん、3人とも帯刀して来てるもんね、準備良いよね。

おれ武器無いんだけども。


あと先に服着て良いですか?



「本当に無手で構わないのですか?」

ええ、未熟者ですので武器では加減が出来ません。



これからサイレン王子との手合わせが始まります。

因みに彼の獲物は刀身150cm位の細身で両刃の両手剣。


「・・・分かりました。では先手を譲りましょう」

良いのですか?


念の為父親であるハーレル王子へ顔を向けると「構いません」と一言。


「無抵抗、しかも無手の相手へ振るう剣は教わっておりません」

とサイレン王子。

無抵抗ではないのですけどね。


「さあ始めましょう、どこからでもかかってk・・・」


”ドゥン”

「クホァ!」


綺麗にサイレン王子の体が俺の横をクルリと縦に回り背中から地面に叩きつけられる。

認識阻害を使うまでも無く呼吸を盗んで懐に入ると易々と技がかかる。


足車。

普通こんな綺麗に掛からんよ、棒立ちなうえに油断しすぎなんだよ。


「「!」」


俺が魔獣なら懐に入った時点で急所にひと噛みですよ。

まだ立ち上がれない様なので次の人。




「では私が」

次はラドミア姫様が進み出ます。


日本刀より少し細いものの刀身の長さは70cm位の片刃の直剣・・・重さは大体2kg切る程度だろうか。

それを片手でブンブン振り回しています。

女性でもこの腕力、やっぱりこの世界の人類はすさまじいな。


サイレン王子の教訓が有るので最初から全力の様です。

小細工なしに一直線、最短距離で間合いを潰し、同時に切っ先が俺の胸元を狙って突いてきました。


迷いが無いのは素晴らしい。


俺は左足を出しながら屈みこむ様に懐に入ると、剣を持つ袖を掴み、右手は相手の右膝うらに掛けすくい上げる。


朽木倒。

なかなかに危険な技だが、その認識違わずラドミア姫様は背中と一緒に後頭部を地面に打ち付け気絶した。


石畳の上なら大怪我になったかもしれない。



次はどうします?

再びハーレル王子に顔を向けます。

「・・・俯瞰して見ていてもスキが見当たりませんな、恐ろしい。特に間合いに入る過程が理解できません。なぜにこうも易々と懐に入れるのか」


ご自分で確認してみては?

「もっともな事です。では宜しくお願い致します」

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