第159話 更なる高み

何れにせよ『来訪者の加護』持ちの協力無くして腕輪の完成はあり得ません。

チェルナー姫様の腕時計は最悪俺を呼び出せば何か問題が起こっても解決できるでしょう。

しかし広く普及を目指す今回の廉価版腕輪はそうもいきません。


そのところをくどい位に説明している俺、クルトンです。



協力を得られなかったとしてもそれなりに形にはなるでしょう。

量産の為に試行錯誤していく過程で性能、機能、耐久性に関する問題にぶつかってもおそらく解決していくでしょう。


しかし不測の事態におけるバックアップ機能の完成度は俺が想定した範囲内にとどまります。

姫様の腕時計ですら定期的にログを確認、解析したうえで改良、機能修正の為の刻印を追加する事を前提に予め拡張スペースを確保してあります。

ゲームで言うところのパッチを当てる作業が必要になります。


俺が想定できなかったところを後追いで修正していく作業です。



前世のゲームのようにネット環境を利用した情報伝送技術はこの世界に有りません。

各ユーザーが任意にサーバーからパッチを当てるなどという様な作業ができない以上、廉価版の腕輪の機能は加護持ちの方に引き渡す段階で『装着者を死なせない』事が最低条件で必須になります。


不測の事態に陥っても機能を失わない様に、あらゆる事象を確認、検証していきたいのです。



「つまり被検体は多ければ多いほどいいと?」

はい、年齢層も幅広い事が望ましいです。


「あまり気乗りしないのう。説明聞いていると必要な事は分かるが協力者への負担が心配じゃ。開発の為に命を代償にする事になってしまっては本末転倒・・・看過できん」

瞼を閉じて大きく息を吐くのと同時に陛下がそう言います。


難しいですかぁ。

どうしようか、初っ端から躓いた感じ。

先にも述べたように量産そのものは既にイメージできているから問題無いと思う、問題は市場に出荷する時点でいかに完成度を高められるか。

そして各加護持ちに渡ってからのアップデート、パッチに相当する処理の方法、又はそれの代替となる保守サービス体制の構築。


この腕輪に限って言えば売り切りで「はい、お終い」では取り返しのつかない事に陥る命が絶対に出る。

そう、絶対にだ。


かといってログの回収とアップデートの為に俺が国内外を走り回る訳にもいかない、デデリさんのポポを使えたとしても無理だ。

ましてやアップデートの情報を送る為のネット環境の整備よろしく国家間をまたぐ情報網を構築するなんて事も現実的でない。

技術が有ったとしても10年単位の大事業になるだろう。

予算も天文学的な数字になる。



・・・餌で釣るか。


協力者に納得して頂ける報酬を出しましょう。

「命に対しての報酬とな?」

陛下の顔から感情が抜けていきます。


まるで能面の様、こんなところは為政者だな。



誤解を与えない様に説明しますよ、ちゃんと聞いてくださいね?


まずは環境を整えます。

温度、湿度、照度等々環境を任意にコントロールできる箱庭を作ります。

管理された人間用のビオトープですね。

そこで検証期間中・・・と言っても2、3日を想定していますが・・・過ごしてもらい

経過を観察して腕輪の検証を行います。


そして報酬の一環としてその期間の食事は俺が腕によりをかけて作りましょう。

自慢ですけど美味いですよ、俺の料理。

あ、オヤツも準備します。



「・・・出来るのか?そんなものが」

多分?


「またか・・・しかしもう一人の儂がその提案を肯定しておる。理性が追いつかない未来を肯定するのはいつも受け入れがたいが、仕方ないのう」



事実上のOKって事で良いんだろうな、この陛下の言葉は。



MMORPGの醍醐味と言ったら何だろう?

クエストのクリア、各種スキルの習熟、仲間との共闘、そしてエンドコンテンツの超強力なボスエネミーの討伐。

色々あるだろう、どれを選択しても良いししなくても良い、自分の分身であるキャラクターで、ロールプレイを楽しむためにストーリーの強制力をある程度無視できることもMMORPGの魅力の一つだろう。


そんな中にあるコンテンツの一つ『ハウジング』。

俺はそれ程嵌まったわけではなかったが土地を手に入れ建造物だけにとどまらず家具や環境、時間経過ですらコントロールし沼る人が後を絶たない強力なコンテンツ。


そんな箱庭、ハウジングの情報も俺の体の中に眠っている。

凡そ1haの広さに限られるみたいだが取得した土地を俺の領域として世界に認識させる事が出来る・・・様だ。

そしてさっきから情報を意識の深淵から引き揚げているがまだ終わらない、情報量が凄まじい。


なんか少し意識が虚ろになってきた、2度目だなこんな感覚。

因みに1回目は時空魔法を試そうとしたとき・・・そうだ魔力が枯渇しそうになった時の感覚に似ている。


もう少しもってくれ。



「クルトンさん、クルトンさん!どうしたの!!」

ハッとして意識が自我の表層へ急浮上する、声をかけてきた隣のシンシアを見ると・・・なんだか泣きそうな顔じゃないか、どうしたんだ?


「クルトンさんの体が無くなりそうだったの!」

えっ?


「でも良かった・・・いつものクルトンさんだ」

よく理解できない、どういった事だろうか。


周りにいる人たちに首を巡らせ「なんか変わった事ありました?」と聞いてみるも他の人は何も分からないみたい。


シンシアだけが何かに気付いたんだろうか。

俺も気づかない何かに。



大丈夫だよとシンシアに伝えた後、今しがた引き上げた情報を頭の中で反芻する。

思考を巡らせハウジングの情報を整理するとかなりヤバ目な物だという事を今更ながら再確認する。


いや、そうだよね。

ここはゲームの世界じゃない、ハウジングとは言ったが娯楽の為のコンテンツとしてではなく、現実世界の一部を切り取り俺の管理下に置くという事だ。


広さに制限は有るものの、その土地内で俺が振るえる創造の力は文字通り神に匹敵する。


時空魔法でも扱いきれなかったんだ、ならば『ハウジング』の能力もこの身体の限界を超えているんじゃないか?


・・・体の鍛え直しが必要になるのかな。

今も鍛錬は怠ってはいないが発揮させる力を抑えていたのは確かだ。

この『ハウジング』の機能を十全に操る為に魔力を含めた身体的能力の底上げが必要になるのかもしれない。


シンシアが言っていた「体が無くなりそうだった」というのは、まだ俺の力が足りない事への警鐘だったのだろうか。

やっとの事で情報を整理し終えた今となっては導き出したその結論は正解なんだろうと納得する。





そうか・・・俺はまだ強くならねばならないのか。

あやふやで曖昧なくせに厳しい世界だ。


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