第157話 つかみ取る未来

毎回の事ではあるがいい加減狸に名前つけてやらないとな。

楽しそうにぺスと足下をグルグル走り回る狸を見て『グングニル』なんてどうだろう、かっこいいじゃないか。

そうぼんやり考えている俺、クルトンです。




会食での話の内容は多岐にわたり、お互いの国の風習から生まれた教訓、笑い話に始まり政治、経済、終いには医学、灌漑事業など「どうやってそこまで話が膨らんだ?」と脇で聞いていたのに全然把握できない俺がいる。



「人があれ程美しく投げられる様を見たのは初めてだ、それでインビジブルウルフ殿が修めている武術は一体何なのだ?」

話しの時系列を頭の中で整理していたらご子息の男性からそう問いかけられる。

お名前はサイレン・ベルニイスさん(28歳)。

因みにその妹君であれせられるのがラドミア・ベルニイスさん(21歳)。


うん俺、前世から人の名前覚えるの苦手なんだよね。

忘れそう。



それは兎も角、質問に答えます。


「投げ技と当身技を少々。」


「少々と言ったレベルではありませんでしたよ」

「確かに、お父様が自分から投げられたようにすら見えましたわ。どの流派でいらっしゃるの?」


いえ、あの、なかなか説明し辛いのです。


「さぞかしお師匠様は高名な武芸者なのでしょう?ぜひお名前をお聞かせいただけないでしょうか」

グイグイ来るな、この息子さん。



「これ、少しは考えなさい。御留流なのだろう、ならば陛下の了承も取らずに話せる訳もなかろう」


「いや、御留流などではないぞ」

陛下!

そこは否定も肯定もせずに”ニヤリ”とするところでしょう!

ホントにあんた為政者ですか。



「陛下、インビジブルウルフ卿への興味は分かりますがせっかく特使様がいらっしゃっているのです。ベルニイス国の『来訪者の加護』持ちへの救済の為にも腕輪の件をお話しませんと」


「おおう、そうじゃな」

チェルナー姫様からのお話を受け急に陛下が真顔になりました。


「インビジブルウルフとのこの会食に急遽特使殿を招待したのは先ほど話題に出た腕時計と関係する」


飲みかけたワインのグラスをテーブルに戻し陛下が話を続けます。

「先ほどから話題になっているこの腕時計じゃが『来訪者の加護』持ちへの補助具としての機能を持たせてある。クルトン、その辺を説明してくれるか」


ふえ?あ、はい、承知しました。

かぶりついていた野豚のもも肉香草焼きを飲み込み内容を説明します。



ノウハウにかかわる事はお伝え出来ない旨前置きしたうえでこの腕時計を製作するに至った経緯、目的、性能と想定していた効果を説明、その後チェルナー姫様へ話を振り実際の効果が想定と齟齬が無かったかの確認の為、お話を頂戴する。


ここでハーレル王子から質問が有った。

「そのような重要な事をなぜ我々にお話しいただけるので?秘匿していた方がこの国の利益に叶う様に思えますが」

ここまで情報公表した事に返って戸惑い、何か裏が有るのではないかと疑っているようだ。

まあ、そう感じるだろうね、でも俺はこの意図については何も分からないし知らない。


その辺どうなんですか?陛下。

「『来訪者の加護』持ちの存在は我々人類が繁栄する為の一つの選択肢、可能性だと儂は考えておる」


「と申しますと」

陛下へハーレル王子が次の言葉を促します。


「人類の出生率はこの世のいずれの生物より著しく劣っておる、そう、魔獣という天敵がいながら比較にならないくらい著しくだ。

これがどういう事か分かるだろう?緩やかではあるが間違いなく滅亡へ近づいているという事じゃ」


「ええ、しかしそれは人類が進化する為の試練だと・・・」


「進化か・・・本当に進化なんぞするのかのう。

我が国1万年の歴史においても魔獣対策の為の緩衝地帯としての土地の開拓、農地の拡大、灌漑事業の成功に伴う食料生産量の増産、それによる餓死者の減少・・・これ以外に変化したものなど基本何もないのだよ。

来訪者からこの世界を託されたその日から、進化どころか我々人類そのものには何の変化も無いのじゃ」



生物の進化は早々に有るものではない・・・と思う。

特化、退化により環境への適応する為の変化はあるかもしれないが。

前世で聞いた話ではハエによる実験で人間に換算すると10万年分の時間経過が有っても遺伝子への変化は無かったらしい。


しかし、『進化』はともかく言われてみると妙な話だ。

1万年とはいかなくとも前世でなら少なくとも紀元前から西暦2000年までとして文明、文化、科学技術の進歩はそれなりに有った。

その間には人が月まで行ったくらいだ。


それを考えるとまるでこの世界そのものにゲームで言うレベルキャップがしてあるように感じる。




陛下の話は続く。

「『滅亡』など大層な事を言ったが別に儂は難しい話をしようとしている訳ではない。

『来訪者の加護』という可能性を持ちながら生まれたばかりの赤子、成人を迎える前の子供が未だ多く大地に帰らざる得ない世界、ここはそんな世界・・・。

『生き延びる』ただそれだけに人生を費やさねばならない子供たちを救う事が出来るかもしれない。この腕時計を見た時そのチャンスが目の前に現れたのではないかと思ってな。

そして救うべき命はわが国だけに居る訳ではあるまい?」



「・・・どこまでご存じで?」


「儂は何も知らんよ。ただ我が国にもそれなりに生まれてくる『来訪者の加護』持ちが他国に居ないなどという道理はあるまい。

むしろ近年の人口の減少傾向を見るにベルニイスの方が加護持ちの割合が多いのではないか?」


「・・・我が国は『戦士の国』でございます。ふるいにかけられ弱者は消えていく運命、それが我が国の摂理でございました」


「そこは知っておるよ、さっきも言ったが外から見ておってもそちらの国はハッキリ人口減少の加減が分かるくらいだからの」



「我々も弱者が死すべき愚か者だとは思っておりません。救えるものならば・・・」


「救える者がここにおる。今日の話の趣旨はそれを伝える事じゃ」

大きく息を吸い込むとハーレル王子の話を遮り陛下がそう言う。


そして俺に顔を向けて「どうだ、やってくれるか?」と聞いてきた。




モッシャ、モッシャ、モッシャ・・・


皆が俺に注目しています。

いや、飯くらいゆっくり食べさせてください。

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