第156話 力の証明
場が静まり返ります。
いや、場の時間が止まったようです。
「時空魔法は使えないのにな」と適当な事を呟く俺、クルトンです。
握手の為ハーレル王子の手に触れた瞬間、彼の右足が半歩進み、手首、肘の関節を極められそうになりました。
それに合わせ俺は王子の進み出て来る右足への体重移動の瞬間を狙い小内返しで床に叩きつけます。
近代日本の対人戦闘術なめんなよ。
絨毯が有るとはいえ強かに背中を床に叩きつけられたハーレル王子は呼吸が出来ずにのた打ち回っています。
ちゃんと受け身も取れていませんでしたから当然ですよ。
「クルトン、これは?」
片眉をピクッっとさせて陛下が俺に聞いてきます。
「右手首、肘の関節を極められそうになりました。応戦した結果です」
陛下が床に居るハーレル王子へしゃがみ込み
「本当か?」
そう問いかけますがそんな事を聞ける状態ではありません。
まだ転げまわっていますから。
「父上!」
「お父様!」
ご子息の王子、姫様がハーレル王子へ駆け寄り体を起こしました。
そうしてようやく呼吸が出来るまでに回復した様です。
「クホッ、クフッ、ゴホゴホ・・・ほー、はー、はー」
「して、どうなんじゃ?」
「フー、フー、フー・・・インビジブルウルフ卿の言った通りでございます」
「そうか・・・しかしここは修練場ではないぞ、今回の大使殿の目的は不和の種をまく事であるか?」
陛下が抑揚のない声で問いかけます。
「まずは国王陛下とクルトン・インビジブルウルフ卿へ謝罪を。
決してその様な目的ではない事を来訪者に誓います。
そしてこの件につきまして私がタリシニセリアン国の法律による裁きを受ける事になっても異議申し立ては致しません」
途端に大事になった。
波風たたない様に俺がやられてた方が良かったのかな、後でフンボルト将軍に・・・いや、あの人は駄目だ無自覚に煽ってくる、宰相閣下に聞いてみよう。
「あなたの対応は間違ってはいませんよ。魔獣殺しの英雄がそんな些事に揺らいではなりません」
俺の側に寄ってきたソフィー様がそっと呟きます。
些事ですか、そうですか、安心しました。
・・・え、これが些事?
「今回の件は唐突すぎるとは思いますがね、しかし先に仕掛けてきたのが彼方で有る以上貴方を責めるのは筋違いです」
ようやく王子が立ち上がり改めて頭を下げてきます。
それと一緒に右手を差し出してきました。
「改めて謝罪を」
どう言う事でしょう?
「ベルニイス国の強者に対する謝罪の為の風習の一つです。右手で握れば謝罪を受け入れた証となり逆に左手で握れば即決闘が始まります。文字通り殺し合いになります、対応を間違えない様くれぐれも注意してください」
今度はアスキアさんが俺の側に来てコソッとレクチャーしてくれました。
大丈夫、ちゃんと右手で握手しますよ。
”むぎゅっ”
「(パキッ)つっ!」
痛かろう、でもちゃんと右手でしっかり握ったからね、決闘は無しだ。
脇でソフィー様とシンシアがクスクス笑っています。
勿論俺も陛下も笑顔です。
「参りました、この位でご勘弁願いたい」
ハーレル王子の額から流れる汗の量が増していきます。
ええ、構いませんよ。
握った手から仄かに光が漏れ、それが消えてから手を放す。
「!治癒魔法ですか・・・インビジブルウルフ卿と対峙するとしたら不死者を相手にするのと変わらんのでしょうね」
「これで分かったろう(笑)、『二つ脚の魔獣』でもこの狼に首輪を付けられんのだから当然じゃて」
さっきから情報漏らしすぎです、陛下!
「大丈夫、こんな時の陛下の行いは後々国益につながる事が殆どだったわ。もちろん貴方にも利となる事でしょう」
本当ですか?ソフィー様。
「大団円が決まっている物語を読む様なものよ、信じて身を任せなさい」
その方が楽でしょうけどね、自分で決断しない事に対しては無責任になる様な気がして何とも落ち着かないのですよ。
「ふふ、難儀な性格ね」
自覚はあります。
「さて、では仕切り直しじゃ、まずは飯を食おう。腹が満ちればこの世の大半は些細な事と気付くじゃろうて」
そう言いながら自分の席に座り「早く早く」と急かす陛下。
そうですね、飯は大事です。
飢えないだけで争いごとは格段に減りますから。
・
・
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旨い食事をしながら皆おしゃべりを楽しんでいます。
「ほう!チェルナー姫様のお体が良くなられたのにはそんな事が有ったのですか」
特使のハーレル王子がチェルナー姫様の腕時計に興味津々でしきりに「ほうほう、ほうほう」言っています。
「ええ、そちらのインビジブルウルフ卿は騎士である前に付与魔術師で宝飾職人でもあるのです。
私の成人のお祝いにと陛下が彼に腕時計を注文したそうで」
そう、この部屋に入ってきた時に特使のお相手をしていたのがチェルナー姫様。
成人のお祝いの時に婚約も発表したとの事で、そのお相手であるアスキアさんの横に座りそつなく特使さん達のお相手をしている。
「しかし聞けば聞くほど解せないのです。失礼を承知で申し上げますがそれ程の力をお持ちでいながら出自がはっきりしないのは・・・どこぞの貴族、英雄に近しい力の持ち主はいらっしゃらないのですか?
修練のみで得た力としては大きすぎるような気がするのです」
当然の様に既に調査済みの俺の出自が話題になり、それを前提に話が進んでいく。
どっかの偉い誰かさん、個人情報保護法作ってくれねえかなぁ。
元老院の権限で何とかできないかな。
特使の王子からそんな話が出ると心配そうにシンシアが俺を見上げてきます。
大丈夫だよ、出自で問題なんて今まで起こった事は無いから。
一つ陛下が頷くと
「それは既に調査済みじゃ。少なくとも我が国に対象となる者はおらん。
有力な候補に挙がった貴族、豪族、豪商含めそのような力の持ち主も、19年前に行方不明になった赤子もおらんかった。死亡扱いの赤子はおったが墓を暴く様な外道は出来んでな、そこは裏取りできておらん」
そう告白する。
おう、俺が思っている以上に調べられてたのね。
まあそうか、少なくとも騎士の叙爵するにあたり身辺調査はするよね。
犯罪歴有ったりしたら問題だし。
足下をじゃれて愛想を振りまいているペスと狸を眺めながら
「転生・・・MMORPGって言っても通じないだろうな」
そう小さく呟いて、この身体の理不尽さを表す言葉を探したが今の俺では見つけることは出来なかった。
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