第155話 不殺の力

「やあやあ、君がシンシア君か!私はフンボルト、将軍を任されておる。」


隣国の『ベルニイス』の話になると陛下がメイドさんにフンボルト将軍を呼びに行かせる。

そうしてやってきたフンボルト将軍は何故か血だらけで膝が笑っている、立っているのもやっとな感じ。

しかし相変わらず声はデカい。


そんな彼を見つめ「一人だけ情報量多いな」と眉を顰めている俺、クルトンです。




シンシアは堪らず指で耳を塞いでいる。


「会いたかったぞ!してクルトンから治癒魔法を教わっているとか、早速儂にかけてはくれまいか、すぐに!」


戸惑うシンシアは「どうしたらいいか」といった顔で俺を見上げてきた。

俺が頷くとスッと前に進み出てフンボルト将軍の腹に手を当て魔力を込めると治癒魔法で治療を始める。


さほど時間を置かずフンボルト将軍の足、膝に力が戻り体の筋肉に余裕ができたように弛緩し、それまで屈む様に猫背だった姿勢が正しく戻っていく。


「ふう・・・かたじけない、助かった」

気が付く程度に呼吸も静まり声の質にササクレだった雰囲気がなくなった。




「落ち着いた様ですね。何が有ったんですか」

ヤベッ、こっちから話題を振ってしまった。



「私から説明しよう」と宰相さん。


「少し長くなる。

『ベルニイス』の件だが、かの国が戦士の国と言われておるのは比喩でもなんでもなくてな、性別問わず成人した国民全員が徴兵対象になっている国民総戦士の国なのだよ。18歳から35歳の内に5年間兵役が義務付けられている国なのだ。

国家の人口は我が国の3分の1、経済規模では5分の1程度だが戦士の国の異名に違わず個々人の戦闘力がすこぶる高い。

デデリを脅かす程の御仁が私の記憶でも3人いる」


それやべえな。


「それで陛下の話に戻るのだがスレイプニル3頭とグリフォン1頭捕獲の情報に対し現物を見せてほしいと特使が3名参られてなぁ・・・しかもその特使というのが向こうの第二王子とそのご子息達。

現在王都にスレイプニル、グリフォンはいない旨説明したところそれならばコルネンに向かうとの事で調整を始めたところだったのだが向こうの特使殿は皆根っからの戦士でな、調整つくまでの間フンボルトが3名まとめて相手をしていてこのありさまと言う訳だ」


いくらフンボルト将軍でも一度に3人キツイでしょうよ。


「なあに、騎士団まとめて相手をしていたお前と比べたらどうという事は無い」

なぜペンちゃんはここまでプラス思考なのか。



「ここ5日間ずっとこんな感じでのう、治癒魔法師に治療させてはいるがさすがに将軍の業務に支障が出る程疲弊しては何れ体に無理が来る。

そこで丁度お前がスレイプニルを連れて王都に来ると言うからの、ちょっと一ひねりしてもらいたくてのう、3人一ぺんに」

フンボルト将軍を心配そうに見ながらそう言う陛下。



ええ・・・。

国際問題に発展とかなっても責任持てませんよ。


「できないとは言わんのじゃな。そこは正しく己の力を把握している様で安心した」

はい、簡単に済む面倒事はササっと済ませたいので。


「言ってくれるのう(ニヤリ)、では早速明日にでも良いか?」

因みにこの仕事の完了基準と報酬は?


「先方3人の足腰立たなくなるまで試合に付き合ってやればよい、それを1日間だけ。

圧倒的な実力差を分からせれば終わりじゃ。

あと報酬じゃがこれは騎士の業務の一環じゃぞ、ちゃんと年俸を月割りでお主の口座に振り込んでおるからな、確認しておらんのか?」


えっ、そうなんですか?すみません、全然確認していませんでした。

大変失礼しました。


では早速明日の準備に取り掛かりましょう。


そう切り上げ立ち上がろうとすると宰相さんに呼び止められる。

「会食の席を設けている、会場へ移動するぞ。

先ほど話した特使殿も御一緒だ、粗相のないようにな」


「ヒッ!」

内謁中ソファーの横で寝ていた狸をシンシアが抱き上げ強く抱きしめると高速でワッシャワッシャしだした。


逃げられなかったか・・・。



フンボルト将軍の着替えを待った後に会場へ向かう。

陛下に続き会場に入ると既に特使の方々3名は到着している様だ。

3人とも黒髪黒目でヒスパニック系のやや彫りの深い顔立ちで、王族特有オーラと当然のように皆かなりの美男美女と言って良い容姿。

俺達が来るまでお相手をしてくれていたのだろうテーブルを挟んだ向かいにいる小柄な女性と談笑している。



陛下含め俺達の入室に合わせ彼らが席から立ち上がる。


「本日はお招きいただき有難う御座います」

三人一緒に右足を半歩引き軽く膝を曲げ目を伏せる。

向こうの国の目上の人への挨拶らしい。


特使の最年長である王子がそう挨拶し、陛下と一言二言言葉を交わした後に俺達の紹介に入る。


「紹介しよう、この大男が騎士のクルトン・インビジブルウルフ。明日フンボルトの代わりにおぬしらの修練相手になる者じゃ。

そして隣が弟子のシンシア嬢だ。

シンシア嬢は平民だが大層優秀でな、治癒魔法師見習いでも十分一人前じゃ。今日のフンボルトの怪我を治したのも彼女じゃよ」


「ほう!」

と王子が驚きを表す、リップサービス的な大げさなものではなく本心で驚いた様だ。


「それで話が有った3頭のスレイプニルを捕獲したのが彼、インビジブルウルフでありその3頭の所有者だ。

ついでに言えば5頭の魔獣を単独討伐した英雄でもある」



「なんと!それは真でございますか!」


「このような場で嘘は言わんよ」

情報漏らしすぎです、陛下。



「しかし、シンシア殿の師匠ともおっしゃられていましたが・・・」


「治癒魔法も超一流の使い手じゃ」

ですから情報漏らしすぎ!


「真ですか?・・・にわかには信じられませぬ」

本心で戸惑っている様な雰囲気、これが演技なら役者の素質あるね。


「そうであろうな、しかし真実であるからのう。嘘を言う訳にもいかん」

頭頂部から流れる汗が止まりません。



王子が俺に寄ってきて右手を差し出します。

握手の仕草です、この世界にもありますよ、握手。



「初めまして、クルトン・インビジブルウルフ卿。

ベルニイス国第二王子のハーレル・ベルニイスと申します」


異国の貴族相手とはいえ爵位最下位の騎士に対して王子がここまで好意的に態度を表すのは珍しい。

なのですこぶる怪しい、一応握手はしておくが・・・。





”ビターン!”

次の瞬間、厚い絨毯の上とはいえ背中からハーレル王子は受け身も取れずに床に叩きつけられる。


そしてその音だけが切り取られた様にはっきりと会場に響き渡り、他の音を無意味なものにしていった。

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