第130話 見た事ある人が居る

翌朝、店の窯へ火を入れ揚げパンの下拵えをしていた時に店の外を高速二度見して首がもげそうになった俺、クルトンです。



定期的にパンケーキ、クレープをご所望頂く貴族様(と思われる)お坊ちゃまと一緒にセリシャールさんが店の前、朝の列に並んでいました。

結構早い時間だよ、今。


どういう事?



気になったので叔父さんに一言断って店の外に出る。


セリシャールさんに向かって行くと護衛と思われる人達が寄ってきて周りを固めた。

「大丈夫だ、この方がインビジブルウルフ卿だ」

そうセリシャールさんが言って護衛を下がらせる。


どうしたんですか?

わざわざ朝から並んで、揚げパンそんなに好きでしたっけ?


「普通に大好きだぞ、甘いものは特に」

いやいや、今まで並んだことなかったじゃないですか。


「弟がパンケーキもなかなかの物だと言っていたのでね」


弟?

セリシャールさんの脇にいるお坊ちゃまを見る。


「うむ、いつもお忍びで来ていたから名乗らなかったが私がファテレース・カンダルである」

はい、いつも御贔屓いただいて有難う御座います。


「しかしそなたがインビジブルウルフ卿とは、言ってくれれば屋敷に招待したものを」


・・・セリシャールさん、どう対応すればいいですかね?

「スマンな、悪気はないのだ。こういうお年頃でね・・・」


はい、承知しました。

いつも通りに対応しましょう、でも一体どうしたのですか?


「たまには弟に付き合ってみようと思ってね」


・・・パン屋の朝は早いんです。シンシアはまだ起きてないですよ?

「!」

ビンゴか、こういった事は勘が良いな、俺。




通常は貴族様でも列に並んでいただくのだが、ちょっと事情がある様なので先に軽食コーナーに招き入れて話を聞く。


サッとパンケーキを作りアイスクリームを乗せて二人の前に出す。

濃い目に入れた紅茶もセットで、美味いですよ。


「有難うクルトン、じゃあ頂こうか」

「ハイ、兄さま!」


ファテレース君はもうパンケーキとアイスクリームに夢中だ。

朝ご飯の前にどうかとも思ったんだがあんまりソワソワしてたからここで出さないと可哀そうに思えてね。



しかしセリシャール様、気が早すぎませんか。一応今日騎士団との顔合わせの為に伺いますよ。

「いや、そうなのだが、まあ、気になってね」

何が!


「治癒魔法師はとても貴重で稀有な存在だ、我が領でも専属で雇い入れている者は一人しかいない」

以前も聞いた事を真顔で話し出した。

良いでしょう、付き合います。


しかし、(多分)予算が潤沢なこの交易都市コルネンを治めるカンダル侯爵領でも専属は一人しか雇えないのですか?

そんなに給金が高額なのでしょうか。


「いや、さっき言った通り少なすぎるのだよ治癒魔法師そのものが。故に領が専属で雇うにも競争が激しくて・・・」


この世界で一般的な医療行為を行うのは治癒魔法師ではなく薬師だ。

此方はちゃんとした学校を卒業、薬師の試験を合格すれば看板を掲げる事が出来る。

当然かなり優秀な人たちが薬師になるが、適性は必要でも仕事の内容が才能で左右されにくいのが薬師。

知識と経験でなんぼでも腕を磨ける職業。

だから試験合格した薬師が毎年ほぼ安定して輩出される。


しかし治癒魔法師になる為に必要なのは9割9分才能、そう言われているそうだ。

才能が能力を左右するだけあって治癒魔法師が行う医療行為の効果は絶大かつ特殊で、薬師の施術とは比較にならない程の即効性が有り、治療方法が確立されていない症状に対しても効果を発揮させる。

まさしくチート。

結果的にこの世界の補完作用が強く働く技能を行使しているんだろうな。


こんなんだから治癒魔法師の需要はいつも追いつかない。

だからシンシアの様な見習いですらないが才能ある人物に一番最初に交渉できるアドバンテージはかなり大きいと言える。


「・・・ってだけじゃないんでしょう?」


「・・・」


まあ、今は良いでしょう。

とにかく顔合わせでコロッセオに連れていきますから、それからにしてほしいのですけど。


「承知した。しかしくれぐれも頼みますよ、真面目な話しこれ以上ないチャンスなんですから」



「おはようございます、クルトンさん、あ、皆さんも」

シンシアが起きてきた、パン屋のここが早いだけで今でも十分早起きな時間。


「もうすぐ朝ご飯にするからもうちょっと待っててね」

お祖母さんが優しくそう言う。


顔には出していないが朝は膝の調子が良くないみたいだ。無理をさせる訳にもいかないから座っていてもらおう。


店の奥、リビングに当たる部屋で待っていてもらい、手慰みで作っておいた知恵の輪を遊び方の説明をして渡しておく。




朝の店も一段落して皆と朝食をとる。

今日は騎士団との顔合わせ、コルネン案内になるからしっかりご飯食べておくべし。


「ふわふわのパン、すごく美味しい」


「そうだろう、爺さんが焼いたパンだからな、だからもっと食え」

「このジャムも美味しいわよ、無花果でクルトンが作ったの」

叔父さんと叔母さんがもっと食えと勧めてくる、親戚のおっちゃん、おばちゃんみたいだ(笑)



食事が終わり出かける前にシンシアの膝の痛みを和らげる為に患部に触れる。

「今までも起きて少しづつ動かしていくとだんだん痛みが和らいでいくんだろう?」


コクリと頷く。


「筋肉と筋が寝ている間に硬くなってるんだろうね、ちゃんと揉んでほぐしてやれば・・・この通り」


俺が膝から手を放した後、不自由な右足を動かすと一度目を見開いてはにかむ様に笑うシンシア。

「本当、すごく楽になった」


そうだろう、そうだろう。

けど完全に治す為にはもっと根本的な治療が必要になるだろうし時間もかかるから一緒に頑張ろうな。


そう言うとシンシアはもう一度コクリと頷いた。

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