第113話 髭のおっちゃん危機一髪

馬車も完成し、仕様書も設計図も整理し終えた。

村への一時帰省の為、準備を進めている俺、クルトンです。


未だに馬車を置く場所を確保できていないので、そのまま修練場内に置かせてもらっています。

その代わりと言っては何ですが、事前に申請してもらえれば俺とスケジュールが重ならない時に限り使用しても構わないと伝えてあります。

まだ申請はありませんが毎日デデリさんが外装、内装を眺めてはニヤニヤしているらしい。


あの試乗会の後、正式に馬車の注文いただきましたので納車される自分の馬車を妄想していたのでしょうね。

ただ此方の準備が整う前に依頼書を持ってきたので、仕様を決める打合せは俺が村から帰ってきてからになります。



村へはムーシカ達なら馬車を引いても1日掛からないで着くでしょう。

実家の準備が整わないまま突然帰っても迷惑だと思ったので『村に着く予定日』を知らせるためにさっき手紙を出したところです。


出発までお土産を準備しないとな。

何を持って行こうかなぁ、服を縫うための生地、糸、針は絶対必要だろうな。

調味料も準備して父さんにはお酒、クレス、イフ、エフには靴を作る為の革を準備しよう、足に合わせて俺がクラフトすればいい。

母さんには宝石を設えたネックレスなんか良いんじゃないかな、開拓村では着ける事ないかもしれないが宝飾品は眺めるだけでもいいもんだし。



今日は宝飾工房で親方の第二夫人シャーレさんの伝手で受注した銀の指輪を1個製作し引き渡す。


付与はサイズ調整だけしかない作品だが俺の銘を入れる以上手は抜けない、今回も全力で完成させた。


「相変わらずの出来ねぇ、良く見ればこの葉の意匠のなんか葉脈?まで再現されているじゃない。本当にこの値段で良いのかしら」


ええ材料は支給してもらいましたし、確か注文主の息子さんから贈る婚約指輪なのでしょう?

俺の儲けもちゃんと出てますし、お祝いという事で。


「ふふ、ちゃんと伝えておくわ。この銘を見たらきっと驚くわよ」


シャーレさんの脇では親方が苦笑いしています。

「すまないな、懐中時計の生産に人を取られてその仕事に手が回らなくてな。大事なお客さんだから本当に助かった」


いえいえ、俺も作業場を借りている立場ですしお互いさまという事で。


さて今日の仕事も始末が付いたので後片付けしたら母さんへのネックレスでも作ろう。

どんなのがいいだろう。


「あ、クルトンさん。クルトンさんにお客さんが来てます」

工房の人からそう伝言が有りました。


誰だろう?直接俺にって。





「ああ、すみませんクルトン卿。突然お邪魔してしまいまして」

そこにはカイゼル髭をしなっとさせたニココラさんがいた。

いや、なんだろうかなり焦っている様に見える。

しかしここまで1週間はかかっただろうに、お疲れ様です。


とりあえず「俺の作業場までどうぞ」と部屋まで案内、一緒に付いていた護衛は工房の前で待機するとの事。

部屋に入ると挨拶もそこそこに直ぐに本題を話し始めました。


「実はクルトン卿の宝石を取り扱うために市場調査を行っていたのです。先日拝見した5種類のダイヤの内、市場でどれが一番求められているか」


ほうほう、しっかり販売の計画を立てようとしていたみたいです。

「それでリメリル伯爵家と、ああ、レイニー様の事でございます、

フォークレン伯爵家から他に類を見ない・・・ほぼ同時でしたのでおかしな言い回しですが・・・そのようなダイヤモンドが資産登録されたタイミングで私共が市場を調査していたものですから違和感を持たれた貴族様が何人かいらっしゃった様で」


ほう、あの手の宝石は資産の登録が必要なのか、俺また一つ賢くなった。


「私共が取り扱ったのではないかと何故か勘違いされる貴族様がいらっしゃいまして。

両伯爵様と私共がいくら説明しても、あのダイヤモンドの出自を詳細までお伝えする事も出来ない為に諦めて頂けず・・・自分にも用立ててほしいと聞かないのでございます。

どうにもならずにこの問題の解決にあたりお力を貸して頂きたくお邪魔した次第です、大変申し訳ございません」


「ご迷惑をお掛けしない様、注意は怠らなかったのですが・・・」と本当に申し訳なさそうに話します。



確認なのですけど・・・そもそも同レベルの宝石を準備できたとして、ニココラさんに無理を言ってきたその貴族様は対価を支払う事が出来るのですか?


「・・・無理ですね」


それを説明してもしつこく食い下がってきているとの認識で間違ってませんか?

「はい、間違いございません」


陛下はこの件でなにかおっしゃっていましたか?

「いえ、あの、大変申し上げにくい事なのですが『クルトンが解決してくれる』としか・・・」

おおう、ぶん投げやがった。



うーん、俺の勉強不足も有ってあのダイヤに妥当な値段を付けることは出来ないけども、ニココラさんからサクッと値段伝えれば諦めてくれるのではないのですか?

ソフィー様は国家予算レベルとか言ってた様ですよ、アスキアさんからの又聞きですけど。


「はい、しかしこのダイヤを所有する事になった両伯爵家も本来なら手に入れるだけの予算は無かったのです。それが可能になったという事は何か有るんだろうと・・・そういう事です」


どういう事だってばよ!



いや、なんとなく言いたい事は分かった。

金銭以外で手に入れる為の条件が有るんだろうと、その便宜を図れと圧力をかけてきたわけですね。


「申し訳ございません、私の口からこれ以上は・・・」

はい、皆まで言わなくても大丈夫です。


ちょっと整理しましょう。

まずアスキアさんにはチェルナー姫様とのご結婚の前祝いという事でお渡ししています。

次にレイニーさんには私の過失で命を落としかけたお詫びにお渡ししました。


そこでニココラさんに確認です。

その貴族様本人、もしくは親族の方で王族とのご結婚を約束された方はいらっしゃいますか?

「いらっしゃらないと思います。少なくともそのような事が有れば広く喧伝されるでしょう」


分かりました。

ではその貴族様に伝える事は一つだけですね。

「と、申しますと?」


『インビジブルウルフ』と模擬戦をしてもらいましょう。

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