第102話 見えない狼
思った通り厄介ごとです。
ソフィー様の後ろを肩を落として歩く俺、クルトンです。
どうしてこうなった。
「どうしてでしょうね?あのジジイ共の怠慢である事は間違いないのだけど」
いつになく辛辣なソフィー様。
「元老院なんて無能なジジイ共の姥捨て山みたいなものよ。本来権限なんて何も無いのに事ある毎に口を出してくる迷惑な勘違い野郎の集まりよ」
おう、下手に相槌打つと飛び火しそうだ。
「建国当初は国王陛下の業務を代行する機関だったのだけどある時期から勝手に『元老院』を名乗る様になって、だんだんその振る舞いが目に余るようになったらしくて。
その後、国の運営が安定した事も有って一度解散したのですよ、元老院は」
ここはアスキアさんに倣って貝になろう。
「今の元老院は無能な奴らを隔離する為に、王家が再設立した政治には何の権限も無い組織よ。
面倒な事に元老院が無ければ奴らは民間に放たれるのよ、これも国民たちの迷惑でしかないわ。
全く、だから自意識過剰な無能は嫌いなのよ」
なかなかソフィー様の愚痴が止まりません。
聞きとう無かったそんな話。
「デデリから聞いているのではなくて?『道理の通じないヤツはぶちのめせ』って。それはまさに奴らに向けた言葉よ」
いや、俺そんなことしませんからね。
あ、返事してしまった。
「大丈夫よクルトン・インビジブルウルフ卿。あなたはそれが許される立場よ、もっと自覚しなさい」
煽らないでください!
アスキアさんもなんか言ってください。
「・・・」
もう、勘弁してください。
とは言っても元老院のメンバーって貴族様なのでしょう?
騎士爵の俺より上位の貴族様ですよね?
「そうね、でもそんなのは関係ないわ。
あなたの振る舞いを咎めることは出来ても、止めることができる者はこの王城どころかおそらくこの国には居ないのよ?グリフォンを駆るデデリでも無理なのだから」
前にそんなことを言われた記憶が有る。
うん、言われてみればそうですね・・・ってなるかぁ!
俺はもっと静かに暮らしたいんです、厄介ごとに巻き込まないでください。
「奴らは貴方の事情なんて気にしないわよ。貴方を御する為に家族を人質に取られたらどうするつもり?それでも黙っているのですか?」
キレると思います。
多分ガチギレです。
「理解はしているのでしょう、クルトン卿。力が有るのにそれを示さない者は卑怯者の誹りを受けてもしょうがないのですよ」
・・・これも前にそんな事言われましたね、誰からでしたっけか。
「将来父親になった時、生まれてくる子供たちを『卑怯者の子』にしたいのですか?
今更でしょうが覚悟を決めなさい」
はい・・・いや、なんか丸め込まれた気がする。
・
・
・
”バーン”
見張りの衛兵の制止も聞かずに扉をブチ開けるソフィー様。
小ちゃいお婆ちゃんなのにかなりアグレッシブ。
「なんじゃ?!」
「何事?!」
ボードゲームでもしてたんだろう、5、6名の爺さんがチェスに似たゲームの駒を持ったまま固まっている。
ほんと仕事してねえのな。
「さて、新規の王都民申請の手続きはどうなっているかしら?誰が答えてくれるの、早くしないと狼に狩られるわよ」
扉を開けた時から認識阻害全開なので俺の存在は感づかれていないはず。
しかし一緒に来た狼は側に居るのでソフィー様の「狼に狩られるわよ」の言葉に物理で信憑性が増す。
「なっ、いきなりなんじゃ!ソフィー様といえどここは元老院。手順を踏まない入室はご法度ですぞ!衛兵ども、何をしている、仕事をせんか!!」
着ている上着の裾が汚いザビエルカットの髭モジャ老人が唾を飛ばしてそう怒鳴る。
おそらく自分より爵位の高い公爵に対して、直接『追い出せ』と命令は出来ないからこの言い回し。
小賢しい。
「ん?何を言っているのかしら。人語を話せる者はここにいないの?ふむ、王城に畜生がいるのは問題ね駆除しなければいけないわ」
「「「「「「なっ!!」」」」」」
ここまで煽って・・・このお婆ちゃんは多分意図的に、俺が忖度しなければならない状況を作り出してしまった。
つまり元老院メンバーを無力化しなければならないのだろうなぁ。
アスキアさんでも出来そうだが衛兵さんが抵抗してきたら流石に無理そうだし。
はぁ。
面倒事は早めに済まそう。
爺さん連中の間を縫って歩きながら、その首筋に軽く触れていく俺。
その途端にビクンと体が跳ね、そして気絶して膝から崩れ落ちる元老院メンバー。
魔法を大気中に放つ事はかなり難易度高いが、治癒魔法に見られるように効果を発揮させる対象に直接触れればそのハードルは限りなく低くなる。
今回の魔法は『麻痺』。
スタンガンを模倣した魔法だ、効果は覿面。
オーバーキルしない様に、外傷を負わせることなく多人数を無力化する方法を模索した結果だ。
一瞬で効果が出るのでかなり使い勝手がいいな、やっぱり実証実験は必要だね。
そして認識阻害を解いて衛兵さんには敵意が無い事を伝える俺。
「・・・初めて見たけどとんでもないわね。」
ですよね、悪用したら暗殺し放題ですから危険な技能ですよ。
「これからも王家の味方でいてくれるのでしょう?」
そこに大義が有る限り。
「心得ておきましょう、あなたに見限られない様に」
・
・
・
しかしどうしましょう、このじいさん達。
「そこのあなた、このゴミを留置所に運んでおいて」
衛兵さん達に指示を出すソフィー様、容赦ない。
衛兵さんも躊躇しながらではあったが、だんだんノリノリで縛り上げてます。
縄で縛る必要ある?
「さて、書類の監査を行いましょうか」
部屋の奥にある机の引き出しをバンバン開けて中を確認し始めます。
確認を進める度に眉間のしわが濃くなる。
「・・・言葉も無いわ、仕事してないわよあいつら。無能の極みね、陛下の前でどう弁明するのか見ものだわ」
机を漁りながらそうつぶやく。
そして一枚の書類を確認、ため息をついて首を横にふる。
「どう考えても陛下案件ね、ご愁傷さまとしか言えないわ。
クルトン卿の王都民登録も事実上無視している。ほら、この申請書類にしっかり『不許可』の印を押して・・・なんでこんな分かり易い証拠残すのかしら、やっぱりバカなのね」
しかし表情を一転、満面の笑みで楽しそうに話し出す。
「元老院の解散は無理でもあの無能共を王家の避暑地に招く口実ができたわ」
そしてアスキアさんが俺の横に来て解説してくれる。
「我が国最北の王領に有る政治犯収容施設へ収容されるという隠語です。事実上の流刑になります」
シベリア送りかよ。
怖いよ、知りたくなかったよ!
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