第100話 やらねば成らぬ事
いやはや、すっかり忘れていました。
王都への滞在が1週間ほど伸びそうで、お別れの挨拶に回ったのを早まってしまったと今更感じている俺、クルトンです。
今しなければなんとする、納税時期も迫っているというのに。
そう、王都内への俺の事業所の設立です。
スレイプニルを利用した人員、資材運搬法人の設立。
手続きは随分前にしてあって王都のどこに居を構えるかだけになっていた案件。
王室から馬車を引かせるために借りたムーシカの利用料を何処に振り込めばいいか教えろと言われて思い出した。
いやー俺ってウッカリさん。
口約束だけであれよあれよと仕事が成立していたから気にもしなかった。
しかしどうしたもんかな、スレイプニルがこの事業のキモになるから事務所は小さくても厩舎は必要だろう。
立地は日当たりが良くて井戸が近い、空気の淀むような場所じゃなければどこでもいいんだが・・・結構条件あるな。
厩務員も募集必要だろうし・・・結構無理難題じゃね?
食事処ピッグテイルでうんうんうなりながら狼と一緒に朝食を取っていたところ意外な人が俺に近づいてきた。
うん、ちょっと前から分かってたよ、だって目立つんだものあのカイゼル鬚。
「クルトン卿、おはようございます。少々お時間頂けませんでしょうか」
宝石鑑定師のニココラさんです。
よくここに居るのが分かりましたね。
「アスキア殿から教えて頂きました。もちろん事情をすべて陛下へ説明して了解も頂いております」
アスキアさんは良いとしてなぜに陛下の了解が?
「それをここでお話しするのは少々問題がありますので、お食事が終わり次第私共の店までお出で願えませんでしょうか」
はあ、構いませんが・・・それより前みたいにもっとフランクに話してもらってもいいですよ。
「はい、クルトン卿からの信頼を頂けた後であれば」
なんか堅苦しい、鼻息で髭をなびかせる面白いおっちゃんだと思ってたのに。
内容の確認の為にも、とりあえずご招待を受けよう。
既にピッグテイルの出入り口にスタンバイしていた馬車にニココラさんと乗り込む。
今回は狼たちは馬車と併走して付いてくる。
馬車の窓から狼達を見るとすんごい勢いで尻尾を振って走ってる。
今日の朝飯も美味かったんだろうな。
馬車の中では軽い時事ネタを含め談笑しているとニココラさんがこう言う。
「しかしクルトン卿があの『インビジブルウルフ』だったとは、何も言わない陛下もお人が悪い。さらにあのような技能までお持ちとは貴族様達が血眼になるのも理解できます」
ん、貴族様?
「ええ、公開訓練以降に親族、寄子の娘たちをクルトン卿に嫁がせて縁を繋ぎたいと考えておられるお方が一人や二人ではございません。伯爵以上の爵位の貴族様であれば養子に迎えたいとおっしゃる方も。
最も『インビジブルウルフ』がどこにいるのか今はその捜索に躍起になっている最中ですが」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ」と、楽しそうに笑いながらそう話す。
不味いな、色々面倒事が俺のコントロールできない次元で進んでいる。
やっぱり仕事が片付いたらさっさとコルネンへ戻ろう。
情報教えてくれてありがとう、ニココラさん。
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ニココラさんのお店に到着して・・・でけえな、かなりの規模の店じゃないか?
宝石鑑定師と聞いていたから、こじんまりした、しかし質の良い調度品で整えられた宝飾工房なのかと勝手に思ってたけど。
あの振る舞いからするとここの従業員じゃなくて会頭クラスなのか、このおっちゃん。
「どうぞこちらに」
と、店の中に促されそのまま奥の応接室に案内される。
どういう所だ、ここ。
この部屋につくまで扉を5回もくぐったぞ、防音対策なのか。
フッカフカのソファーに座り、狼達も俺の横で伏せの状態。
君たちここで寝るのね。
座ると同時にメイドさんが俺の前にお茶を差し出す。
ズズズー、美味いお茶だなぁ。茶葉どこで売ってるのかな、やっぱり高いのかな。
「最高の物をお出ししていますがクルトン卿のからしたらはした金ですよ」
そんなことはございません。
まだ口座にお金入ってきてませんから。
「いえ、手持ちの資産の話ではございません、クルトン・インビジブル卿そのものの価値のとの比較でございます」
えらい持ち上げてきます。
悪意が無い事はなんとなく分かるのだが、ここまで言われると正直落ち着かない。
早めに本題を聞いておこう。
「実は前日拝見したダイヤモンドの件なのですが」
やっぱりそれか。
「アスキア殿、レイニー卿に各々1個づつ譲渡されたとか」
ああ、アスキアさんにはお祝い、レイニーさんにはお詫びという事で差し上げました。
「はい、そう伺いました。それでですね・・・図々しいのは承知しておりますがもし、もしもですよ、今後クルトン卿の宝石を市中に流すつもりが有るのでしたらぜひ当店に販売をお任せ頂きたく、なにとぞ・・・」
テーブルに額を付けそう懇願・・・と言っても良い位お願いしてきます。
やっぱり結構な儲けになるのでしょうね。
「普通でしたらなりますな。しかし当店へ卸して頂いた際には販売価格から税を除き、そのうち9割をクルトン卿へお支払い致します」
そんなに良いんですか?確か一般的には税を抜いた5割が販売業者の取り分だと認識していましたが。
「そうですな、その認識で間違いありません。しかしかなりの高額商品になるでしょうからこの条件でも損はしませんし、何より私はクルトン卿の宝石を扱う名誉が欲しいのです」
顔をあげたニココラさんのカイゼル髭が揺れています。
目力も凄い事なってる。
「正直申し上げて先日拝見したダイヤモンドクラスとなればさすがに売れないでしょう。そちらは取り扱いを任されても店の金庫に死蔵する事になるでしょうな」
え、そうなのですか。
「いや、買える個人がいないと言った方が良いですな。値を付けれないのですよ、あれ程の物になると」
ああ、そういう事ですか。
・・・アスキアさんとレイニーさんには迷惑だったんですかね?
ゆっくり首を振るニココラさん
「とんでもない、おそらくあの宝石を所持している事でお二方の貴族社会での発言力は相当高まるはずです。あそこまでの宝石となると金では買えない高みの物なのですよ、そう言ったものを所有しているという事は・・・そういう事です」
どう言う事だってばよ!。
でも、そうですか。迷惑でなければそれでいいです。
「ですので販売用として先日の十分の一以下の大きさで十分ですので宝石を何点かお願いしたいのです。
いや、私が商売を引退するまで1点でも構いませんので何卒」
正直製作手順が確立された今となってはオルゴール、何なら魔法付与を施しているデデリさんの犬笛よりも製作難易度は低い。
それなりの時間はかかるがイメージで言えば3Dプリンタで出力している様なもんだから。
つまり作る工程には何の障害も無く、これだけで儲けが出て皆が幸せになるならなんぼでも作る。
しかし無節操なクラフトスキルの乱用は市場を混乱させるだろう。
一部の業界であっても市場を荒らすという事は業界衰退へのレールを敷いているのと変わらない。
下手すりゃ首を括る人が出るかもしれない。
そんな事になってしまったら俺の心が持たない。
この案件を受けるかどうかはニココラさんを俺が信頼できるか、それだけの話だ。
目先の栄誉、儲けの為に業界衰退のトリガーを引いてしまう人かどうか・・・。
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