第96話 幸せの序章
まだ笑ってる、この時間お茶の一杯でも飲めるんじゃなかろうか。
ソフィー様の笑いが収まるのをじっと待っている俺、クルトンです。
「ああ、久々によく笑ったわ、ありがとうね」
いえいえ、お気になさらず。
「製作者のあなたが言うのだから今回は公開しないでおきましょう。アスキア、この経緯は書面にまとめて陛下に報告しておいてちょうだい」
「承知しました」
話しがまとまりそうなので棍棒を遮光袋に戻して遮光器を外します。
狼達が起きて俺の側に座り直しました。
本当に賢いね、君たち。
「まさしく狼のボスね」
そうですねー(棒)
「責めている訳ではないのよ。スレイプニルにグリフォン、そして狼。これらを引き寄せる何かがあなたに有るのかしら(笑)」
運としか言えないのですが・・・。
そう言いながら棍棒を入れた遮光袋をアスキアさんへ渡してお暇の準備を進める。
「そうね、人には抗えない宿命なのでしょう。ではまた何かあったら訪ねてきなさい」
はい、宜しくお願い致します。
「では手続きの書類を持ってきますのでクルトンさんはここでもう少々お待ちください」
アスキアさんがそう言うとソフィー様と一緒に部屋を出ていった。
ちょっと弛緩した空気の中、上京して今までの事を思い出す。
最初は給金を得るのも簡単ではないと、分かってはいても現実を突き付けられてガムシャラに就職活動していたのが遠い昔の様だ。
まだ1年もたっていないのに。
揚げパン、ステンレスの指輪、クレープにホットケーキ、アイスクリーム、馬具にオルゴール、腕時計とその設計図、ヒヒイロカネの弓、アダマンタイトとオリハルコンの伸縮棍棒。
デデリさんへ犬笛も作ったな。
この他に合間の時間にナイフ、保冷庫、鍋や食器、タルタルソースとそのレシピ本とか細々した物も作ったし変わったところでは楽器の修理もした。
ああ、ダイヤモンドも作った・・・節操ないな。
そろそろ王都に看板上げて事務所立ち上げる必要ありそうだ。
口座の残高を確認して、腕時計の製作に協力してくれた工賃をカサンドラ工房へ支払いしないといけないし。
前にも思ったけど一段落したら故郷に報告しに戻ろう、お土産もって。
きっと喜んでくれるだろう。
・
・
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アスキアさんが書類とペンを持って戻ってきた。
他にもう一人いるがお茶を持ってきてくれたようだ。
有難い、のどが渇いていたんでね。
お茶を持ってきてくれた人が退出するとアスキアさんが話し出す。
「腕時計の件は改めて有難う御座いました。近いうちに再度登城の命令が届くと思いますので宜しくお願い致します」
いえいえどう致しましてと軽めの話をしながら書類の説明を受けそれに記載していく。
滞りなく書類の作成は終了したところで以前から聞きたかったことをアスキアさんに尋ねた。
「間違いだったら申し訳ないのですが、アスキアさんとチェルナー姫様のご婚約発表はいつ頃なのですか?」
「ブッ」
こぼすことはありませんでしたが、ちょっとお茶でむせてますね。
「いや、隠している訳ではないのですがこんなに直接聞かれるのは初めてだったもので」
なんでもアスキアさんは姫様の6歳年上。
かなりの優男に見えるが生まれながらに『頑強』の技能持ちだった為、姫様が生まれる前には既に王族に何か有った際の盾としての役目と日常の毒見役としての教育を受けていたそうだ。
そして姫様誕生のその日からずっとそば仕えを熟し、姫様の初潮をむかえた月に解任、近衛騎士団の広報部門に転属になったとの事。
『来訪者の加護』を持つ姫様という、かなり難しい立場の王族への献身ぶりは国王陛下並びに王妃、そして何よりもチェルナー姫様から高い評価を受けていた事もあり公認の仲になっていたという。
「それで姫様の成人の祝いの席で婚約が公表される予定です」
そして結婚を機に家督を継ぐ予定とも。
フォークレン伯爵様だそうな。
ちょっと赤くなりながら、そしてとても嬉しそうに笑う。
俺が考えるより強い絆が有るんだろうな、幸せになってほしい。
「これもクルトンさん、あなたのお陰です」
『来訪者の加護』を持つ者にとってこの世界で生き続ける事は、決して簡単な事じゃない。
屋外を無邪気に走り回る事でも命にかかわるときがある。
だが魔法付与を施した腕時計がこれからの姫様の生活をサポートしていくだろう。
そう言えばとカバンをゴソゴソ漁る、この辺に入れっぱなしにしてたはず・・・有った。
乳白色の布に包まれたそれをテーブルの上に出してアスキアさんに差し出す。
「これは?」
ひらりと布を捲ってギョッとするアスキアさん。
早いかもしれませんが結婚のお祝いです。
お祝いの席に俺は行けないと思いますので。
「ししし、しかしこれは・・・こんな大きなルビーとても受け取れませんよ!」
ルビーじゃないですよ。
「でしたらガーネットですか、それでもこの大きさ。これに見合う対価を私は用意できません」
いや、お祝いですし。
それに俺は何れ村に戻りますが、その後も王都で色々便宜を図って頂きたいですから、そんな下心もありますから。
「それにしても・・・」
いえいえ、どうぞ。
何度も言いますが下心も含めた私からのお祝いですから(笑)。
姫様が降嫁するんです、実質あの腕時計を持参金にして。
家格の価値を上げる為にもこの程度の資産は必要でしょう?
ハッとした表情でアスキアさんが立ち上がる。
両腕を胸の前に重ね頭を下げ
「お心遣い痛み入ります。この御恩は生涯忘れません」
そんな気になさらず。
では書類も完成したので私はこれで。
こうして俺は狼と一緒に広報部門の事務所を後にする。
アスキアさんは伯爵家の嫡男だ、適切に管理してくれるだろう。
しめしめ、1個厄介払いができた。
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