第78話 放たれる魔獣(クルトン)
ノリノリなデデリ大隊長、フンボルト将軍にちょっとウンザリしている俺、クルトンです。
訓練とはいえ平時で真剣を手加減なく振るえる相手に生き生きとしている二人。
観覧席からの歓声が余計にそれを後押ししている様で、まるで俺がヒール役の様です。
いや、俺は魔獣役だから当たり前だな。
因みにフンボルト将軍は加護持ちではないがそれに比類する程の強者。
凄まじいよね、先祖返りでもないのに。そこに至るまでの修練を想像すると素直に尊敬する。
・・・そうであれば加減はしない。
この場でのスキルは無しの条件が絶対なのは変わらないが、こちらもそれなりにやらせてもらう。
行者棍だったか、順手に杖を持変え腿を地面と水平になるまで腰を落とす。
かぶっている頭蓋骨の額に穴があるとはいえ、かなり視界が制限されている状態なのでこれだけで結構なハンデなのだが、こちらも訓練と割り切って狙いを定める。
俺の頭が二人の腹位にまで下がった状態、この腰の高さのままデデリさんの乗るグリフォンに突進、二人が反応する前に間合いに到達してまずはグリフォンの後ろ脚2本とも一ぺんにすくい上げる。
グルンと回転、空中で綺麗に横になるグリフォンを確認して、これから向かう方向に首を向けるのと同時に標的であるフンボルト将軍の間合いまで一足飛びに移動、同じように足を救い上げる。
グリフォン、フンボルト将軍の順に足をすくい上げたが、ほぼ同時に地面に打ち付けられ砂煙が舞う。
フンボルト将軍はすぐに起き上がるがグリフォンの方は「アレ?前もこんな事あった?」みたいな戸惑う表情を見せもたつく。
それを察知したデデリさんが考える間も与えず立ち上がる様に指示、再び鞍に跨った。そして空に舞い上がる。
流石デデリさん、弓矢の無い今の俺の間合いをよく分かっている。
ならばまずはフンボルト将軍から。
立ち上がったフンボルト将軍に何度も、何度も足払いを掛けすっ転ばす。
流石に何度も繰り返されると防御の態勢を取るが、魔獣役の俺は低い姿勢のまま標的となったフンボルト将軍の周りを動き続け、そして彼の死角に居続ける。
認識阻害と違い俺が死角に居るのは分かっているのに捕捉できない状態で、防御しているのにその隙間を縫って足払いを掛けられ続ける。
投げ技ってのは胴の内側の筋肉、骨格に内臓が打ち付けられるから思ったよりもダメージが大きく、そして蓄積していく。
投げられる訓練を受けてないと幾ら鍛えているフンボルト将軍でも内臓の強さは一般人とさほど変わらない。
その証拠にフンボルト将軍の足がだんだん止まってきて、徐々に立ち上がる時間も長くなってきた。
観客席から悲鳴に似た声が出始めると、ようやく空からデデリさんが急襲してきた。
ランスを構え数瞬後に俺がいるであろう場所を予測しての急降下。
当然俺はそれを避けるがグリフォンの脚が地に着いたとたん俺が躱した方に向きを変え、跳ねる様に飛び掛かってくる。
グリフォン自体が大きい事もあり騎乗しているデデリさんの位置は地面からかなり高い、なので地上にいる俺に攻撃する為に乗馬用よりもだいぶ長いランスを使っている。
単純に取り回ししずらい。
グリフォン、デデリさんの突進に対しそのランスが到達するより前にグリフォンの横っ面を杖で殴りつける。
一瞬動きが止まった隙に背後に回り込み、これまた後ろ足をすくい上げて転ばせる。
しかしこの時点から標的が二つになったのでフンボルト将軍にも若干余裕ができ、デデリさんと徐々に連携しだす。
防戦一方・・・とまではいかないが2か所に注意を払わないといけない俺の反応が一テンポ遅れる。
暫く両者一進一退の状態が続くが・・・。
俺はまだまだやれるがグリフォン、デデリさん、フンボルト将軍の息が上がりだし、だんだん連携にほころびが出てきた。
長引かせるのが不利と分かっていてもこの状態から次の手を打てないのだろう、なのでこちらの動きも少しづつ相手に合わせて落としていく。
するとあるとき二人同時に『ここだ!』といったタイミングが有ったようで両手剣、ランスが同時に俺に向かってきた。
『ガシッ』と杖を放り出した両手を使ってそれぞれの武器をつかむ俺。
かなりしっかり握りこんだので両者ピクリとも動かなくなった、その瞬間に宰相閣下からの訓練終了の合図がでた。
「双方、そこまで!」
この合図でみなサッと姿勢を正し武器を下に向ける。
そのまま膝をつき国王陛下のお言葉待ちの状態で待機。
流石デデリさん、フンボルト将軍はこの一瞬で息を整えてきます。
国王陛下が椅子から立ち上がり口を開きます。
「皆の者、此度の訓練 誠に・・・・」
つらつらと訓練の評価、長いお言葉を頂戴し俺の集中力が散漫になってきた頃、この公開訓練の目的に話が移る。
控えていた兵士数人がしっかりした作りのテーブル状の台を修練場中心付近に設え、俺が先日討伐した4頭の角付の頭蓋骨が一頭づつ置かれていきます。
事前に打ち合わせしていた通り、最後に俺がかぶっている頭蓋骨を脱いでその隣に置きました。
そして元の位置に戻って再び膝まづく。
因みに頭蓋骨を脱いだ俺の姿は黒の覆面マスク。
認識阻害使ってないのでプライバシー保護の為と緩衝材の代わり。
「ここにある5頭はすべて一人の男が単独で討伐した魔獣である。本来なら何れも都市、国民に多大な損害を与えたであろう」
観覧席がシンと静まり返っています。
そして以前の略式謁見の時の様に魔獣討伐の経緯が語られていきますが今回は専門の役者さんでしょうか、魔獣を置く台を準備している最中に男性が現れ、今その二人が掛け合いながら5頭全ての討伐内容を観客に対し説明していきます。
うん、役者さんで間違いないね、その声量もさることながら声質も有るのだろう、とてもよく通る声。
まるで講談師の様な飽きさせない口調、そして細かな演出。
自分の事なのにちょっとワクワクして聞いてましたよ。
・・・でも、これ絶対脚本家とかいるよね?
報告というか講談の講演会の様な催し、いや、討伐説明が終了すると観覧席でスタンディングオベーションが発生。
この辺りから俺の背中にいやな汗が流れる。
国王陛下が緩やかに右手を上げ再び観客が静かになると
「此度の功績を上げたインビジブルウルフへ王都民の資格と騎士爵を与える」
聞いておりません、国王陛下。
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