第68話 馬具の納品

出来栄えにうっとりしている俺、クルトンです。


結果的にではありますが鍛冶、宝飾、皮革、縫製技術の集大成として取り組んだグリフォンの馬具。

デデリ大隊長からの依頼で作成した3セット。


MMORPGではクラフトスキルのレベルで作成できる品質が決まっていたが、この世界ではレベルというよりも熟練度と言った方がいいのだろう。

デフォルトでの品質も大したものだったが思考しながら手を動かし、作品を制作する度に生み出される作品の質が上がっている。


限界はあるだろうし何れ壁に突き当たるんだろうが、その時は早い方がいいだろう。

成長の前倒しが出来るなら後に使える時間が増えると考え、今はひたすら精進する。


指を1本動かすにもその意味を意識して手を、思考を働かせていく。


そうして完成した馬具。

予算の都合もあるので依頼された仕様からは一切逸脱していないが、その縛りの中で最上を求めた今の俺の持てる技術すべてを詰め込んだ作品。

同じ予算でこれ以上の作品を作りあげることができる職人がもし居るとしたら教えを乞いに俺は旅に出るだろう。

その位の自負が有る作品だ。


心配なのは前述の通り依頼の内容を違えている訳ではないが完全に俺の自己満足である事。

これを見透かされる事は承知の上だがデデリさんがこれを許容してくれるか。


製作者のエゴで依頼者の根本にある願いの様な物を踏みにじっていないか・・・それだけが心配。


そんな不安を胸に、用意した箱へ丁寧に作品を詰め込み納品の準備を進めた。



馬具3式、しかもグリフォンの物となると結構な荷物になるので今回は荷馬車を借りて修練場まで運ぶ。

ムーシカに繋ぐが嫌がる事も無い。

大分この生活にも慣れたようだ。

式典用、戦闘用、訓練用のうち式典用は以前のオルゴール同様に桐箱の様な外装に入れ特別なものとして設えた。

他の2セットは丈夫ではあるが貧相に見えない程度の外装。


入口の守衛の団員さんに手続きしてもらい今回は厩舎脇の大きな入り口から入る。

そこにはすでにデデリさんとグリフォン、フォネルさんはじめ団員の皆さんが大勢待機していた。


問題が起こる事は無い、絶対に。

なのに期待が重い・・・。


「よく来た!早速受け入れ検査を行おう!!」

はい、・・・ずっと続くんですかね、このノリ?


フォネルさんが苦笑いで

「今回は付き合ってくれよ、これも仕事だと思って」

と一言。


承知しました。

まあ、受入検査は大事ですしね。



まず式典用は大トリとして訓練用から取り付けましょう。

魔法付与は皆同じなのでとりあえずこのセットで機能の不備が無いか確認お願いします。


「うむ、早速頼む」

・・・腕を組んだままデデリさんは動きません。


デデリさん、このグリフォンはあなたの愛馬なのでしょう?

これの取り付けの確認はデデリさん本人がやらなければならないと思うんです。

命を預けることになる馬具の取り付けを戦場でも他人任せられないでしょう?

命の危険を冒す事になるその場で、その為に希少な人員リソースを割くわけにはいかないんじゃないでしょうか。


しかも今回は取り付け実績のない新品の馬具なのに。


俺のこの言葉にこの場がピリつきます。



魔獣との戦闘は地球の人間同士の戦闘、戦争とは様相がかなり異なります。

魔獣との圧倒的な身体能力差であっという間に蹂躙されるか、人間側が集団で詰将棋の様に淡々と討伐を熟していくかのどちらかです。

兵士を支える兵站が重要な事は変わりませんが、幾ら長くても接敵から5日間程度で勝敗が決します。


人間と比較して桁違いな体内魔素が尽きるまで魔獣は休むことなく、それこそ息をつく間もなく攻撃を続けてくるのだそうです。

『スタミナ配分』なんてことはしません。

最初から最後まで全力で襲ってきます。


なので前線で活躍できるのは団員の中でも精鋭のみで、その場で何かあったら全て自分で対処する必要があります。

当然馬具が緩んだ時でも自分で何とかしなければなりません。

予定外に戦線を離脱して防御に穴をあける訳にはいかないのです。


かといって魔獣に対抗できる力を持たない人員はその場に近づく事すらできません。

魔獣は弱い物から狙っていくそうですし。


グリフォンを移動手段と割り切って降りて戦うなら別ですが。


そんなことは『二つ脚の魔獣』と言われるこの人は百も承知のはずです。

グリフォンを手に入れた事で浮かれてるんじゃないですかね?



「ああっ!そうだな、済まない。お前の言うとおりだ。」

申し訳ない、デデリさんがそう言うと俺が荷馬車から降ろした箱から訓練用の馬具を丁寧に取り出しグリフォンに合わせていきます。


やっぱり出来るんじゃないですか、馬具の取り付け。

しかも手際がすこぶる良いんですけど練習してましたよね。


「グリフォンが来る前からずっと練習してたんだよ、何十年もね。そうじゃないと馬と触れ合えることが殆ど無いからさ」

フォネルさんがそう言います。


やっぱり浮かれてたんだな。

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