第6話 ZP
「管理…権限?」
なんだこれは?
「やはり、私の見立ては間違っていなかったのですね」
ポップアップを見ているとフィオナさんが突然ひざまづいてきた。
「ちょ、何してるんですか!?」
俺はフィオナさんの奇行に驚きながらも姿勢を元に戻そうと手を引っ張るが、ぴくりとも動かない。
「ダンジョンをクリアした時に管理権限を獲得できるのは魔王様のみなのです。記憶は戻っておられませんが、魔王様はこれで、本物の魔王様になられたのです」
フィオナさんの口調が普段より硬いものになっていて、その姿はまるで西洋の騎士が王様に忠誠を誓っているようだ。
「フィオナさん。やめてください」
「さん付けも敬語も不要です。私は魔王様の騎士ですので」
「フィオナさん、頼むから顔を上げてください」
「………」
フィオナさんは動かない。言う通りにしろってことか?
「……分かった。フィオナ。顔を上げてくれ、それからいつも通りにしてくれ。やりずらい」
「……今までは魔王様である確証がなかった為、多少砕けた接し方をしていましたが、魔王様であると確定した以上そのような事はできません」
ようやく顔を上げてくれたが、そんな事を言い始めた。
「頼むから今までと一緒にしてくれ」
「それは……命令ですか?」
命令だ。といえば従ってくれるだろうけど、なんとなくそれは違うような気がする。
「いや、お願いだ。嫌ならそのままでも構わない……ってのは嘘でできたら前の元気なフィオナさんの方がいいなーって」
「……ふっ、分かりました! では前のように接しますね! これからもよろしくお願いします! 魔王様! ですが、さん付けと敬語はやめてください、魔王様から敬語を使われると背筋がむず痒いです……」
少しして笑った後、フィオナさんは立ち上がりそんな事を言った。
俺で言うと先生に敬語を使われるみたいな感覚か? 確かに気持ち悪いな。俺もできるだけ敬語を使わないようにしよう。
「分かった、俺も気をつけるよ。じゃあ早速で悪いんだけど聞きたいことがある。管理権限ってなに?」
「管理権限とはこのダンジョンの所有権みたいなものですね、んー。そうだ! マップと念じてみてください! そうすればこのダンジョンの構造がわかると思います!」
俺はフィオナさん……もといフィオナに言われた通りマップと念じてみる。
「うぉっ」
すると4枚の地図が出てきた。おそらくこれがこのダンジョンの構造なのだろうけど……ゲームみたいだな。
「ん? 赤の点と青の点がある」
マップ上には赤点や青点がある。
その2つの特徴といえば赤点は集団のように近くに集まっているが、青点はばらけている。そして青点の方が圧倒的に多い。
「恐らくそれはダンジョンに入ってきている外敵、つまり冒険者と味方の魔物達ではないでしょうか?」
そう言われれば合点がいく。赤が冒険者で青が魔物か……って。
「魔物が味方?」
「当然ですよ! このダンジョンは魔王様の物になったのです。そうなればこのダンジョンに居着く魔物が魔王様の配下になるのも当然のことです。試しに魔物をここへ呼び出してみては? 念じてみればできはずです」
嘘だろ。そんなこともできるのか。
確か配信者の中にも魔物をテイムできる人がいだはずだけど、それはかなり希少なはずだ。本人がそう言ってたし。
ってテイムとは違うか。
「こい! コボルト!」
俺が名前を高らに宣言するとコボルトが突然現れた。
そのコボルトは俺の姿を見ると敵意を抱くのではなく、跪いた。
「流石です! 魔王様!」
「ま、マジか……」
頭が痛くなってきた。これ夢?
一応頬をつねるがちゃんと痛い。こんな事が世間に知れたら俺、かなりやばいんじゃね?
「それにしてもこの部屋は魔王様の部屋にしては殺風景ですね。魔王様、お力を使って部屋を改造してみるのはどうでしょうか?」
「え? そんな事もできるの?」
「はい! 勿論可能ですよ!」
とりあえずインテリアでろーっと頭の中で念じてみる。すると部屋の改築という画面が出てきて右上にはZP10という文字があった。
「確かにできるみたいだけど……ZPってなんだろう?」
「ZPですか? えーっと……あっ! 絶望ポイントのことかも知れません! 魔王様がいつも『人間達、絶望ポイント落とさんなー。これじゃあ贅沢ができん』と仰っていたので!」
絶望ポイント……ってか魔王自分が贅沢させる為に人を絶望に陥れるって最低かよ。まるで魔王じゃないか。って魔王だったか。
「その絶望ポイントってのはどうやって貯めればいいんだ?」
「おそらく、ダンジョンで冒険者絶望させればいいんですよ! 試しに何人か冒険者を殺ってきますね!」
「怖い怖い! やっての字が絶対違うよね! ストップ、フィオナ!」
短剣を取り出し歩こうとしたフィオナを止める。
「ですが、これが一番早いと思いますよ?」
「お前はRTA走者か! とりあえず、殺しは無しで! 他の方法で行こう」
「ですがどうすれば……」
そこで、ずっと跪いているコボルトが目に入った。
「あっ……」
いい事を思いついた。
「あの……魔王様これからどうするんですか?」
「まあ見てろって……」
あれから俺とフィオナさんは一階に移動して赤点が3つ集まっている場所、冒険者の近くまで来ていた。
2人で通路の角に隠れて冒険者達を観察する。
「これで!」
赤髪イケメンの冒険者がコボルトに剣を突き刺しコボルトは光になって消えてしまった。
「たかちゃん! 流石だね!」
「今日ダンジョンに入ったばかりでコボルトを倒すとはちょっとはやるじゃない!」
その様子を見ていた黒髪ボブの美少女がツインテール美少女が近くに駆け寄ってきた。
「ははっ、2人のおかげだよ。遥の援護とレイナのアシストが良かったから倒せた敵だよ」
「たかちゃん……」
「ふ、ふん! もっと感謝してもいいんだからね!」
あ? なんだこいつら、特に赤髪。陽のオーラを撒き散らしやがって、可愛い女の子2人と冒険者デビューかよ。
しかも2人は赤髪に惚れてるみたいだし……リア充許すまじ……
「ま、魔王様。め、目が腐ってますよ。何か思うところでも?」
「いや、ちょっとムカついて……まあいいさ。今から地獄を見せてやる。いけっ」
俺の合図でコボルト20匹が冒険者集団に特攻を仕掛けた。
「な、なんだ!?」
「なんで急にコボルトがこんなに!?」
「……落ち着いて! 下がりながら攻撃を防ぐわ! タカヒロは私が攻撃を弾いて好きができたモンスターに攻撃を! 遥は銃を使って牽制して!」
「……おう!」
「わ、分かった!」
ツインテールの指示通り、2人が動く。
ボブがアサルトライフルを乱射してコボルト達の殆どが怯んでしまう。そして怯まなかった2匹の攻撃はツインテールの盾に弾かれてその隙を赤髪に切られてしまった。
ツインテールは冒険なれしているのか的確な指示を出した。
大量のコボルトを相手にするのではなく、最小限を相手にするこの場合の解答としては最適解だろう。
「弾が切れた!」
「分かったわ! 今のうちに下がるわよ! 遥はリロードが完了したら教えてちょうだい!」
「おう!」
「うん!」
連携も取れている。でも……
「きゃあ!」
「うおっ!?」
「くっ!?」
後ろに配備しておいたスライム達に足を掬われて全員が転んでしまった。
「なんなよこいつら! モンスター達が群れて行動するなんて聞いた事ないのに!」
「だ、大丈夫だ! まだコボルト達とは距離がある!」
「ま、マガジンがスライムに巻きつかれて……」
3人ともいい感じに混乱しているようだ。そろそろいいだろう。
仕上げは頼むぞ。
どしんどしん、と地面が揺れ始めた。
「な、なんで一層にオークがいるのよー!」
豚顔の二足歩行の巨人が歩いてきた。
「くっ!」
「いやー!!」
「きゃー!!」
オークの腕が無慈悲にも3人に振り下ろされた。
ゆっくりとオークが振り下ろした手を退ける。
三人はピクリとも動かない。そして三人の横の床は凹んでいた。
俺は心の中でZPと唱える。するとZP3010と表示されていた。
「うっし! 作戦成功だ! じゃあオークはその3人を出口付近まで運んであげといてくれ」
「うがっ」
オークは軽く返事をして3人を抱き抱えて移動していった。
「それからスライムとコボルトには悪かったな……えーと、ヒール」
ZPを10ポイント使えば回復ができるとポップアップに書いていたので使ってみる。
するとコボルト達の傷はみるみると塞がっていき、スライム達はさらにしっとりした。
回復が終わると魔物達は持ち場に戻るように散らばっていった。
「…………」
横を見るとフィオナがぷるぷると震えていた。
「どうかした?」
「……魔王様、私は感動しました! あれだけ違う、違うと言いながらも魔物達を率いて人間達に絶望を与える姿はまさに魔王様! ……口じゃ違うなんて言いながらも魔王様も内心では人間どもを殺るつもりだったのですね」
……しまった。ゲーム感覚でやってしまった。
最近こういう戦略ゲームばっかりしていたからとはいえ、ノリノリでやってしまった!
「ち、違う! つ、つい……」
「分かっています! あの人間どもを生かしたのもこのダンジョン……いえ、魔王城の凄さを周りに知らしめる為なのですよね! 奴らはメッセンジャー、これから始まる魔王様伝説の序章に過ぎないのですよね!」
「だ、だから……聞いて……」
「みなまで言わなくても大丈夫です! 私は分かっていますから!」
なにも分かってねぇんだよ!
俺の心からの叫びは誰にも届かないのだった。
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