第2話 ナンパと魔王様
「じゃあそろそろ帰るわ」
ラボの窓から空を見ると茜色に染まっていた。
そろそろ家に帰らないと夜になったら犯罪にまきこまれるかも知れない。
8年前ダンジョンが出現するまでは夜に1人で出歩いても問題なかったらしいが、とても今じゃ考えられない。
冒険者達が武器を持つようになってから銃刀法が緩くなり、それと同時に犯罪率は増加。治安が悪くなったのだ。
政府も犯罪率の増加で色々と対策をしているようだが、ダンジョンにかけている税収がかなりいいらしく本腰を入れてないのが現状だ。
「それがいいでしょうな。拙者はこのまま薬の研究をするのでご自由にお帰りくだされ」
「おう。じゃあ俺は帰るけど……お前はそれ、明日までに治しとけよ」
「善処するでござる」
いまだにピカーっと光っているオタメガを横目にラボを後にするのだった。
「……早く帰らないとな」
外に出ると思ったよりも暗くなっていたので、駆け足で家まで向かう。
一応自衛用として催涙スプレーは持っているが、これじゃあ役に立たないだろう。
「そんなエロい格好して俺らのこと誘ってんでしょ」
「そーだよ。おねぇさん。俺らまじいい場所知ってから、お茶しよ」
急いで帰っていると2人組の男にナンパされている美女がいた。
2人組の男は冒険者のようで1人は鉄の鎧を着ていて、もう1人はバンダナを巻いており、革の装備で軽装だった。
一方絡まれている美女の方はなんというか凄い。
褐色の肌が露出していてドレスのようにも見える衣装を着ていた。本人がモデルのようなスタイルの良さをしているので目のやり場に困る。
また全身には白いタトゥーが彫られていて、ホワイトブロンドの長い艶やかな髪と合わさって神秘的にも見えた。
「…………」
美女は目を閉じた状態で腕を組んでいる。どうやらこの2人を相手にする気はないらしい。
「ねぇ、なにお高く止まってんの? 俺ら冒険者の中でも結構強いから力ずくでもいいんだよ?」
男達もその対応にイラッと来たのか口調が荒い。
ごめん! 助けてあげたいけど、俺が割って入った所でボコボコにされて終わりだし。危険には巻き込まれたくないんだ。
だ、だいたい美人なお姉さんもそんな格好してるから声をかけられた訳だし、俺が悪い訳じゃないよね? どちらかと言えばお姉さんも悪いよね……
俺は心の中で言い訳しつつなるべくその現場を見ないように、さらにはできるだけ離れた場所を歩くことでやり過ごそうとした。
「なぁ! いつまで無視してんだって!」
鉄の鎧を着た男が大声を出した。
驚いて体がビクッとしてしまうが一歩ずつ前へ進んでいく。
「いい加減に…!?」
「失せろ」
女の声が聞こえたと同時に目の前を何かが通り過ぎたと思ったらドゴーンと大きな声が聞こえてきた。
横を見ると鎧を着た男が泡を吹いて壁にめり込んでた。
「へっ?」
「なにす!?」
俺が情けない声をあげた瞬間もう一度何かが目の前を横切った。
今度は軽装の男だ。壁に上半身が埋まっていて生きているかどうかすらも分からない。
先程まで美女達がいた方を見ると美女がこちらに向かって歩いてきていた。
「ゴミ虫共が、黙っていたら調子に乗りおって……やはり人間は鏖殺すべきたな」
そう言いながら右手に紫色の炎を纏いながらゆっくりと歩いてくる美女。
「ひっ、ひぇ……」
恐怖で腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。
「ん……虫がもう1匹飛んでき…た……か……」
目が合ってしまった。終わったと思ったその時、美女がその場で固まって動かなくなってしまった。
「………」
「………」
何秒、何十秒はたまた1分だろうか? それくらい長い時間、お互いに見つめ合っている。
「あ、あの……」
「ままま、ま、魔王様ぁ!!」
質問しようとしたその時美女が突然土下座をし始めた。
そして魔王様? 俺の耳はおかしくなってしまったのだろうか。
「は? なんて言いましたか?」
「ご無礼をお許しください! 魔王様! このフィオナ! ここまで無礼を働いてしまった謝罪として腹を切らせていただきます!」
美女はガバッと体を上げると何処からともなく現れた短剣を両手で掴んで自分の腹へと向けた。
「切腹!? やめろ! てかアンタ外人だろ! なんで腹切なんだよ!」
美女の手を持って短剣を捨てさせようとするが力が強すぎてびくともしない。
「この土地で目覚め、学びました! 腹切は最大限の謝罪だと!」
「馬鹿! どんな偏り方したらそうなるんだ! とにかく許す! 許すから! 変なことしないでくれ!」
「魔王様ぁ! なんて懐の広いお方なのだ! 私は、私は感動しました!」
短剣は霧のように消えて腹切するつもりは無くなったようだけど……
「あの、魔王様ってもしかして俺の事言ってます?」
「勿論です! 他に誰がいると言うのですか!」
……意味がわからない。ナンパされていた美女はとても強くて俺は魔王様だった?
情報が多すぎて完結しないぞ。
「頭痛が痛いぜ……」
この言葉は多分だけど、こういう時に使うのが正解だろう。
俺は考えることをやめて暗くなりかけている空を見上げるのだった。
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