ナンパされていた美女の前を素通りしたら魔王様と呼ばれて、魔王城を持つことになった。〜どうやら俺は冒険者どもを恐怖で震え上がらせる存在のようです〜
コーラ
第1話 日常
「太郎殿、今日はもう帰るのですか?」
授業が終わり帰る準備をしていると、丸眼鏡かけた太った男が声をかけてきた。
「そうだけど?」
鞄に全ての道具を入れて立ち上がるとそいつが俺の体をがしりと掴んで、抱きついてきた。
そいつの100キロ近くある巨体に抱きつかれて転げそうになるがなんとか耐える。
「だったら拙者の手伝いをして欲しいでござる〜! あと少しで、少しで! 拙者が銀髪ロリ美少女になる薬が完成するでござる!」
「えーい! 離せ! オタメガ! 今日という今日は絶対付き合わんからな!」
本気でオタメガこと小田若葉を引き剥がそうとするが、力が強すぎて話すことができない。
こいつは高校に入ってからできた唯一できた友達……いや知り合いなのだが、この調子でずっと付き纏ってくるのだ。
ちなみにオタメガという渾名はクラスのみんながコソコソと呼んでいる蔑称なのだが、しっくりくるので勝手にそう呼ばせてもらっている。
本人も嫌がっているそぶりは見せないのでそう呼んでいる。
「そんないけずな事言わないでくだされ〜! 拙者と太郎殿が夜な夜な作っている薬が完成に近づいているんですぞ?」
腰をくねくねしながら縋ってくるオタメガ。
そんな様子を見てクラスの男子や女子は「きもっ」や「死ねばいいのに」「オタクきめぇ」などの陰口が聞こえてくる。
しかしそんな事も気にせずオタメガは今だに腰をくねくねしている。
「分かった、分かったから。付き合うから静かにしてくれ」
「おぉ! 流石、我が盟友太郎殿! 話がわかるでござる! ではラボに参りましょうぞ!」
クラスメイトの冷ややかな目線を浴びながら俺は教室を後にするのだった。
同人アニメのオープニングを鼻歌で歌いながらスキップするオタメガの後ろを歩きながらオタメガとの出会いを思い返す。
あれは高校に入学して間も無いころだった。
机の近い人同士でグループワークをする時間があったのだが、その題材が将来の夢という事だったので俺は「安定している公務員」と答えた。
同じグループの人達も当たり障りのない「営業マン」や、「プログラマー」などと答えていたのだが、最後に答えたオタメガだけは「銀髪ロリ美少女になりたいでござる」と答えたのだ。
当然のように空気が凍った。だって眼鏡をかけた不潔な大男が突然そんな事を言い始めたのだ。
あの時、同じグループだった女子のゴミを見るような目だけは今も忘れられない。
そんな時、何を思ったのか俺は「いい夢だな、頑張れ」と言ってしまったのだ。
それからは事あるごとに絡まれていつの間にか俺もオタメガと一緒で変人のレッテルを貼られてしまったのだ。
「さっ、遠慮せず上がってくだされ……」
そんな事を考えているとちょうどオタメガのラボについたようだ。
ラボと言ってもアパートの一室でそこに色々な機材をぶち込んだだけだ。
一回の学生にそんな金があるのかって? 普通はない。でもオタメガの両親はお金持ちらしくかなり小遣いをあげているらしい。
「おじゃましまーす。ってうぉ!? なんじゃこりゃ!」
靴を脱いで部屋に入ると右側に大きな目玉が培養管に入っていて大声を出して驚いてしまう。
「あー、それは昨日の夜に入荷したサイクロプスの目玉でござる。噂によるとサイクロプスの目玉には肌を若返らせる効果があると聞いたので入荷したのですが……」
そこまで言ってオタメガの顔が暗くなった。
「効果なしか。まっ、気にすんなよ。所詮は噂だろ?」
オタメガの研究を手伝っているとこういう事はよくある。
噂を聞いてダンジョン産の素材を買ってみたものの意味がなかったなんて事はよくあるのだが、その度にオタメガはとても落ち込んでしまうのだ。
「そうですが……」
「あっ! そういえばお前から頼まれてたこれ持ってきたぞ」
俺は気まずくなり話題を変えた。
鞄から小さな瓶を取り出す。
その中にはウンディーネの涙という素材が入っているのだが、これは市場で買ったものだ。
決して俺がダンジョンに入ってきたというわけではない。
ダンジョンは1発当てるには向いているが危険が多すぎる、安定思考の俺には絶対に向いてない。
「おぉ! これはウンディーネの涙! お金は足りたでござるか?」
「あぁ、これおつりな」
鞄から小袋を取り出して中に入っていた10万円をオタメガに返す。
最初はこんな大金に触る事がなく戸惑っていたがダンジョン産の素材はかなり高価なものが多く、お使いを頼まれすぎて慣れてしまった。
「待ってくだされ! そういえば追加でこれを買ってきて欲しいのでこれはそのまま太郎殿が持ってきてくだされ」
と言ってオタメガは紙を渡してきた。そこにはゴーストウッドの枝、ミノタウロスのツノと書かれていた。
「あぁ、分かった」
紙をポケットにしまいオタメガの方を見ると机に向かっていた。
後ろから何をしているのか見てみると先程持ってきたウンディーネの涙と謎の液体を調合していた。
「完成でござる〜! 拙者が銀髪ロリ美少女になるための試験薬158番!」
薬を掲げるオタメガだが、その薬は虹色に光っていた。
「おい、それ大丈夫なのか? 今までで一番やばそうな見た目だぞ?」
「この光はウンディーネの涙とリリスの血が反応して起きているのでしょう。では、太郎殿準備をお願い致す!」
「あー……分かったよ」
俺は説得する事を諦めて黒色の忍者衣装をクローゼットから取り出した。
忍者衣装と言ってもかなり布面積は少なく腹なんて丸出しの物だ。
これはオタメガが憧れた同人アニメの主人公が着ている服だ。所謂コスプレ衣装だ。
なんで俺がこれを用意するのかって? オタメガが「雪風ちゃん(同人アニメの主人公)の裸はいくら盟友とは言え見せられないでござる!」と言い出したからだ。
俺は雪風の衣装一式をオタメガの前に置いてアイマスクをつけた。
「いつでもいいぞ」
「では、参る!」
ごくごくと液体を飲む音が聞こえてきた。
「こ、これは!? た、太郎殿! 見てくだされ!」
もしかしてついに成功したのか!?
「……は?」
ガバッとアイマスクを取るとそこには発光したオタメガがいた。
「どうでござる? 神々しいござるか?」
そんな事を言いながら観音様の様なポーズを取るオタメガ。
「ぶっ! やめろ! それは反則だ!」
思わず吹き出してしまった。角刈りのせいで変な面白さがある。
そしてこれが俺、田中太郎の日常だ。
しかしこの時の俺は分かっていなかった、この平穏があと少しで崩れてしまうなんて。
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