第3話 フィオナさん

「どうぞ、お茶です」


 綺麗な姿勢で正座をしている美女の前にお茶を出す。


 あれから考える事を諦めて家に帰ろうとしたのだが、この人がずっと付き纏ってきたのだ。

 遂には家の前まで着いてきてしまって放置する訳にもいかず招き入れてしまった。

 あのまま家の前で魔王様! と騒がれるくらいなら家に入れたほうがマシだったと思ったからだ。


 唯一救いがあったとすれば親は2人とも出張で居ないので、この状況を見られないで済むということだろう。


「ありがとうございます魔王様! 最後の一滴まで味わって頂きます」


「重いわ! 普通に飲めよ! ……で、貴方は誰なんですか?」


 思わずつっこんでしまったが、このままじゃ話が進まないと思い一度深呼吸をして質問した。


「はっ、申し遅れました! 私は魔王直属親衛隊、隊長のフィオナと申します!」


 フィオナさんはお茶を飲むのをやめ、姿勢をビシッと正して自己紹介をしてくれた。

 魔王直属親衛隊? しかも隊長って事はかなり偉い人なのか。


「分かりました。……俺の名前は田中太郎って言います。一応よろしくお願いします」


 フィオナさん(変質者)に少し、というかかなり自分の名前を教える事に抵抗があったが、自分だけ名乗らないのも失礼だと思い名乗ることにした。


「田中太郎……良い名ですね! よろしくお願いします、魔王様!」


「それ、なんなんですか? さっきから俺の事を魔王、魔王って」


「??? 魔王様は魔王様ですから魔王様と呼んでいるのですが?」


 可愛らしく首を傾げたと思ったらそんな事を言うフィオナさん。


 ふぅ、頭痛が痛い。


 そう言う事を聞いているんじゃない。


「や、そうじゃなくてですね。なんで俺が魔王様なんですか?」


「あぁ! それはですね! 魔王様から魔王様の魔力を微かにですが、感じるのです! 本当に微力な力だったので最初は気付けず……誠に申し訳ありませんでした!」


「魔王の魔力?」


 何を言っているだろう。


「はい。10億年ほど前に魔王様が亡くなる直前に転生魔法をしたのですが、転生魔法を使用して転生に成功した場合姿は変われど魔力の質は変わらないのです」


「10億年前って……うさんくさ……」


 10億年前、転生魔法、魔力と俄かに信じられない言葉がでてきた。

 というか信じられない。あまりの胡散臭さについ本音が漏れてしまった。


「胡散臭いなど言わないでください! 本当の話なんです!」


「いやだってさぁ。人の寿命は100年そこそこですよ? それに転生魔法って……ファンタジーじゃないんだから……」


 現実世界にダンジョンが出てきて地球のファンタジー化は進んでいるが流石にそれは信じられない。


「? 魔王様、私は人間じゃありませんよ? 私は魔族です」


「は? 人じゃん」


 どこからどうみても人間だ。その美貌は人間離れしているが、どこからどうみても人間だ。


「本当ですって! ……あっ、ほらこれみてください!」


 フィオナさんは何かを思い出したように手を叩くと髪をかき上げて耳を見せてきた。

 フィオナさんの耳は人間の耳のように丸みを帯びたものではなく、エルフのようなとんがった耳をしていた。


「えっ!? どうせ偽物でしょ」


「んっ……」


 触ってみるとフィオナさんがエロい声を出した。そして俺は固まった。

 一度冷静になってもう一度触ってみると……


「ま、魔王様ぁ……」


 ほ、本物だ……これ。


「すみませんでしたぁ!」


 事態を察した俺は全力で土下座した。下手をしたら警察案件だ。


「そ、その触る時は事前に言ってください。……そ、そうすればいつでも……」


 一瞬フィオナさんの表情に流されそうになってしまったが、頭を振って無理やり正気に戻す。


「……コホンッ、話を戻しますけど。フィオナさんが魔族だったとしてそんなに長生きするもんなんですか?」


 わざと大きな咳払いをしてから本題へと戻る。


「人間よりかは長生きですよ? 魔族の寿命は平均で1000歳くらいですから」


「ん? でもさっき10億年前って……」


「私達魔族は魔王様が亡くなられてすぐに勇者によって封印されてしまったのです。それが最近になって封印が弱まったのか目覚めたのは8年ほど前です」


 勇者? そんな昔から人間は生きていたのか? 俺の記憶が確かなら700万年ほど前に現れた猿人が最初の人類だって……いや、ここは考えても仕方ないか。

 8年前っていうとちょうどダンジョンが出現した頃だな。何か関係があるのか?


 いや、それらを考えるよりももっと考えることがある。俺が本当に魔王なのかということだ。


「……転生魔法って魔力? の質は変わらないんですよね?」


「はい、そうです! そして魔王様の中には魔王様の魔力が流れているのです!」


「じゃあ記憶は? 記憶は無くなるんですか?」


「……それは……引き継ぐ筈なのですが……」


 暗い顔をするフィオナさん。


「じゃあやっぱり俺は魔王じゃないんだと思いますよ? 魔力もフィオナさんの見間違いじゃないですか?」


「見間違えるわけがありません! ずっと配下としてそばに居たのですよ! 記憶の件だって……そう! 多分何か事故があったんだと思います!」


 んな、無茶な。


「って言われても……」


「そうだ! ダンジョンへ行きましょう! あそこへ行けば何か思い出すかもしれません!」


「ダンジョン? それが魔王と関係あるんですか?」


「勿論です! 魔王様は私が生まれるよりもずっと前にあるダンジョンを制覇して魔王城にされたと聞きました! そこに行けば何か思い出すかもしれません!」


 そんな昔からダンジョンが? やっぱりダンジョンとフィオナさんが復活したのは関係が……


「さぁ! 今すぐにでも行きましょう!」


「いや、今日はもう遅いですし無理ですよ。それに明日は学校があるし……」


「学校? それはなんですか?」


 フィオナさんは学校を知らないらしい。


「勉強するところです」


「でしたら私もお供します!」


 フィオナさんが学校についてくる!? 無理やり1人で行こうとしても今日みたいについてくるだろうし、フィオナさんが学校についてきたら……

 一瞬想像してみるが、絶対に碌な事にならない。というかそもそも無許可で学校に入ろうとしたら絶対警察を呼ばれる。そうなったら……


「……明日は学校を休むので、ダンジョンに行きましょう」


「いいのですか!?」


 いいも悪いも俺に選択肢なんてないようなものだ。


「はい」


 俺は半ばヤケクソ気味に返事をするのだった。


 

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