ヒットを230本打って、打率4割、タイトルを2つ3つ、そしてチームが世界一となったらなかなか偉い金額よ。

フェンス際でいっぱいのジャンプ。もちろん体はグラウンド側だが、伸ばした肘より先は、フェンスの向こう側。



手首をいっぱいに反らせるようにして出したグラブに打球が収まり、フェンスの縁に引っ掛かってグラフが落ちないように、倒れ込みながら急いで引っ込める。



グラブを抱きかかえるようにしながら、ゴロゴロと地面を転がるようにして受け身を取り、少しした後、ボールが収まるグラブを高々と掲げた。



スタンドがうわあっ!と、盛り上がり敵味方関係ない大拍手。8本のホームランを浴びて意気消沈していた向こう側チームがみんなで集まって喜び、大スーパープレーを称える中。



俺も、アッパレと降参したように拍手し、ちょうどすれ違う格好になったスーパーマンと軽くグータッチを交わすのだった。








翌日。





「あっと!セカンドの正面に飛んでしまった!セカンド、ショート、ファーストと渡ってダブルプレーです!このチャンスを生かせず。シャーロット、この回も得点出来ませんでした!」



「シャーロットのホームランフェスティバルは、昨日1日限りの開催だったようです。今日はその後片付けに疲れたのでしょうか、打線に元気がありません。もらったチャンスでしたし、なんとかしたかったですが」



「そうですねえ。元気なのは新井だけのようです」



「おい、みんな!!昨日のホームランラッシュはどこにいっちまったんだ!?あれは夢だったとでも言うのかよ!!」



「「………」」



昨日盛り上がった奴らは、みんな今日で幽霊になってしまったらしい。



そんな事実を突きつけられてしまったくらいに、昨日とは打って変わって、ベンチの中は静かなもん。



もう7回になるというのに、ヒットは初回1アウトからの俺のセンター前の1本だけ。フォアボールやらエラーやらでわりと付け入る隙はあるのだが、併殺打を連発してしまい、試合の主導権を渡してしまっていたのだ。



だから俺は珍しく熱血キャラにでもなったかのようなセリフを吐いて、少しでもチームを鼓舞しようと躍起になっていた。



このチームと契約する際、GMと強化部のおじさんにお願いされましたからね。



FAでやってきた子だくさんロンギー以外はみんな20代前半から半ばと若いチームであり、勢いに乗ったら怖いものはないが、その半面に果てしない脆さもある。



去年も、5連勝以上が6回。うち3回は7連勝したのに、一方で8連敗以上も3回かまして優勝を逃してしまった。



最年長となる君には、ニッポンで残した実績と経験、そしてその明るさでチームを勝利の滑走路へと導いて欲しいと、そうお願いされていたのだ。





現在のメジャーリーグは過酷な長距離移動を少しでも緩和する為に、大陸を概ね東西に分けたリーグ構成になっている。


東アメリカンリーグの中地区に所属するシャーロットは、アトランタ、ミルウォーキー、マイアミなど、リーグ改編後は比較的近場のチームばかり。


距離にして600キロ圏内に対戦が多い同地区のライバルがいるので、移動時間の感覚は日本の時よりは、ちょっとばかし大変だなぁという具合だ。


世界一までには、地区優勝するか勝率上位に入ってワイルドカードとしてポストシーズンに進む。そしてボストンやニューヨークといったチームに勝ちきり、最後はロサンゼルスやヒューストン、テキサスといった西の強豪に立ち向かうという具合だ。



シャーロットは、バーンズやクリスタンテといった、オールスター級の選手が揃い、チーム戦力的には、ここ何年かはワールドシリーズ進出も有り得るという評価。


それなのに、なかなか地区優勝にたどり着けないと、フロントやファンはヤキモキしているわけなので、助っ人という立場のわたくしには、去年の段階でだいぶ交渉の余地があったわけである。




「ちょっと!滑走路に導くとは、どういうことですの!?わたくしは一緒にフライトさせてもらえないということですの!?わたくしは搭乗口まで向かうマイクロバスのような存在とでもおっしゃりたいんですの!?」



と、第1回目の交渉の場で、俺はテーブルを叩いたのだ。



するとGMのおじさんは……。



「い、いや、本当は勝利のレールにしようと思ったけど、うちは飛行機の会社だから、滑走路の方がしっくり来るんじゃないかと妻と相談して………」



と、モゴモゴ。




メジャーリーグのGMを初対面でモゴモゴさせたら、それはおピンクおケツの勝ちというものであろう。



その結果、個人的な成績や出場試合数だけではなく、チーム成績に応じたインセンティブの増額交渉もすんなりと成功したわけではあるが。




周囲から安い!と言われまくってはいるが、日本の時よりも4倍高い年俸で契約してもらっているわけで。


ただ声を出すだけとか、ただチームメイトを盛り上げるだけというわけにはいかない。



目に見える働きと言いますか、ゴリゴリな体格をしているばかりのチームメイトをムリグリ引っ張っていくような活躍をしていかなくてはならないのだとと、俺は捉えていた。



ですから、3点ビハインドの7回先頭。



俺は粘った。



相手は今日絶好調のエース。



100マイルに迫るファストボールに、効果抜群のチェンジアップを操る強者だ。

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