【第50話】先生はなぜ僕たちに性教育をするのですか?

振り向くと、琴音先生の微笑みがあった。


「今、ようやくわかりました。カイトさん。あなたは類いまれな才能に恵まれているけれど、あなたには人間として、決定的に足りない才能があります」


「えっ?」


僕に足りないもの。

それは何だろうか。


「カイトさんに足りないもの。それは、何かを──誰かを好きになる才能です。新菜さんでも、長内さんでも、もちろん先生でもいい。誰かのことを、もっと好きになってください。あなたへの性教育の第一歩は、そこから始まります」


「……。先生、ひとつ質問してもいいですか?」


「はい、どうぞ」


「先生はいつも、どうして僕たちのために、そんなに熱心に性教育をしてくれるのですか?」


僕の問いに、琴音先生はちょっと考えてから、話し始めた。


「以前に、こんなことがありました。東京都のある養護学校で行われた性教育に対して、政治家やマスコミが『不適切である』『ポルノまがいだ』などと批判したのです」


「それは、どんな性教育だったのですか?」


「セックスや避妊について、具体的に教えたそうです」


「それのどこが不適切なのでしょうか? 子どもたちにとっては必要な知識ですよね?」


「そのとおりです。でも、そう思わない大人もいるということです。この一件は裁判で争われ、最終的には『政治家の介入は不当である』という判決が出ました」


「裁判になったんですか。でも、よかったですね。やっぱり性教育は必要だと、裁判所も判断したということですね」


「はい、そうです。東京都教育委員会も、『現場の先生は委縮せずにやってほしい』という見解を出しています。しかし、この一件の経緯は、多くの人には正しく理解されておらず、単に『子どもに性教育をすると訴えられる』みたいな、おかしなイメージがついてしまい、いまだに学校の性教育が進んでいないのです」


「そうだったんですか……」


「だからこそ、先生はこの現状を変えたいと考えたのです」


「なるほど……。そんな社会的な背景があったんですね。だけど……」


「まだ、何か?」


「僕はそれだけじゃない気がします。世の中の風潮が、性教育に否定的なのはわかりましたが、なぜ琴音先生は、その風潮に逆らってまで、性教育に力を入れているのでしょうか?」


「……ふふふっ。ごまかせると思いましたが、無理でしたか。カイトさんは鋭いですね」


「?」


「私があなたたちに性教育をしている理由──それを話すのは、まだちょっと早いですね」


「早い?」


「仮に今、話したところで、あなたたちには、とても信じられないでしょう。でも、今までの授業で話したことの中に、ヒントをちりばめたつもりなので、もし興味があれば、まずは各自で考えてみてください」


「僕たちには信じられない理由?」


「あくまでも、今のあなたたちには、ということです。時期が来たら、お話しします」


「その時期って、いつですか?」


「そうねえ……」


先生が考えていると、三太郎が口をはさんだ。


「先生! セックスのやり方、俺たちにも教えてくれる約束だよね! いつ教えてくれるの?」


三太郎はキラキラと目を輝かせている。


「んん……。どちらも、とりあえずカイトさんの精通が始まったら考えましょう。まだ思春期も来ていない子どもには、ちょっと早いかな」


「ええっ!? そんなの、いつになるかわからないよ! おいカイト、早く思春期に入れ!」


「無茶をいわないでよ!」


笑い声に驚いたのか、電線にとまっていたツバメがどこかへ飛んでいった。

僕たちの春は、まだ始まったばかりである。



♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございました。


物語は、この第50話でいったん完結です。


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