【第49話】よこしまな気持ちでもいいですか?

放課後の更衣室では、三太郎のテンションが最高潮に達していた。


「クーッ。ついに俺もテニス部員かあ。琴音先生のミニスカ姿も、女子テニス部員のミニスカ姿も、目の前で鑑賞し放題ってわけだ」


「それ女子の前で『ミニスカミニスカ』いったら、瞬時に退部になると思うよ」


「まあ、いいじゃないか。俺がよこしまな気持ちで入部したことは、誰にもいうなよ。な?」


「うん。もちろんいわないけど、新菜にはバレバレだから、噂が広まるのも時間の問題かな。くれぐれも、女子をじろじろ見たりしないでよ」


「わかってるって。横目でこっそり鑑賞するって」


「横目で……? それって、逆に怪しまれる気が……」


とにかく、今日は三太郎がテニス部の練習に初めて参加する日である。

よくフェンス越しに中をのぞいていたから、初めてって感じはしないけど。


「三太郎のお母さんからもらったラケット、返そうか?」


「いいって。俺はもう、別のを買ってもらった。ほら」


僕にくれたのと同じラケットだ。

親に頼めば、これよりもっと高級なものや最新式モデルを買ってもらえただろうに、あえて僕のくれたのと同じにする気遣いが、なんとも三太郎らしい。


「バカだけど、やさしいね」


「あん?」


「なんでもない。まだ少し早いけど、1年生の仕事を三太郎に教えてあげたいから、そろそろコートに行こうか」


「おう!」


   *


まだ誰もいないだろうと思っていたが、テニスコートには新菜、長内さん、そして琴音先生が来ていた。


「3人とも、ずいぶん早いね」


すると新菜がいった。


「待ちかねたわよ! っていうか、なんでここに三太郎がいるの!? 部外者は立ち入り禁止よ!」


「へっへーん。なんと俺も今日からテニス部員なのでした!」


「はあっ!? 冗談はやめてよね! 琴音先生、なんとかいってやってください!」


「いえいえ、本当なのよ、新菜さん。なにしろ彼の性──」


と、性欲の話をする前に、三太郎が奇声を発した。


「ぎょわーっ! 先生!」


「あ……。えっと、三太郎さんのせい……せい……青春を謳歌していただくために、特別に入部を許可しました」


あたりまえだが、新菜は疑り深い目で三太郎を見ている。


「三太郎の青春?」


すると三太郎がいった。


「そ、そうなんだ。俺って、こう見えて趣味がないんだ。友だちも少ないから、テニス部に入れば何か変わるかもって、琴音先生に相談したんだ」


「ふう……ん。なんだか怪しい。それに、あなたにテニスなんか似合わないと思うけど」


まったくだ。


「いいの! なにしろ顧問の琴音先生に認められたんだから、正式な部員なの!」


「まあ、いいわ。とりあえず、どっかに消えてて」


「なんでだよ!」


「私たち、カイトに用があって待ってたのよ。まさか変なオマケまでついてくると思わなかったわ」


「誰が変なオマケだよ!」


そろそろ間に入ったほうがいいか。


「まあまあ、落ち着いて。三太郎、1年生は練習が始まる前に、全部のコートをブラシがけするんだ。僕は新菜たちの話を聞くから、先に始めててもらえるかな?」


「なんで俺が1人でやるんだよ!」


「新入部員の三太郎が1人で早めに来てコート整備をしているのを、他の部員が見たら感心すると思うよ。特に女子部員が見たら──」


「喜んでぃ! ブラシっていうのはこれだな!?」


素早くブラシを用意してコート整備を始める三太郎。

単純で助かる。


「それで新菜、僕に用って?」


すると新菜は、伏し目がちになって、いつになく恥ずかしそうに口を開いた。


「カイト、私はあなたのことを、ずっとそばで見てきた。そりゃあ、先輩とかに憧れたこともあったけど私、わかったの。私が世界で一番好きなのは──世界でただ1人、愛しているのはカイト、あなただって。付き合ってください」


「えええっ!?」


驚く僕に、たたみかけるように告白してきたのは長内さんだった。


「私は浜尾さんみたいに、伊勢君とは長い付き合いじゃないけど、あなたが好きです。私も、みなさんみたいに『カイトさん』って呼んでもいいですか?」


「ええええっ!?」


そして琴音先生。


「カイトさん。教師として、こういうことをいうのは……本当はいけないことなのかもしれませんが、私はあなたと将来、家族になりたいと考えています」


「えええええっ!?」


僕の前に迫る女子3人の背景で、三太郎が1人せっせとコートブラシを引いている光景が、ものすごくシュールである。


「ちょっと待って、3人とも! 困るよ! 僕は3人とも好きです。それじゃダメですか?」


「ダメに決まって──」


新菜がそういいかけたとき、三太郎が戻ってきた。


「コート整備、終わったぞ! っていうか結局、誰も見てないし! 次は何をするんだ?」


空気を読めない三太郎の存在を、今ほどありがたいと思った瞬間があろうか。


「三太郎! 次はボールとシングルス・ポール(シングルスの試合を行う際、ネットに装着する棒)を用意するんだ! 一緒にやろう!」


3人の視線を背中にチクチクと浴びながら、僕は三太郎をつかまえて、コート隅にある倉庫に向かった。

だって今の僕に、3人のうち1人を選ぶなんて、できるはずがない。


「待ってください、カイトさん!」


うまく逃げたつもりが、琴音先生に呼び止められてしまった。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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