【第48話】タブーに触れてもいいですか?
あれから1週間が経ち、琴音先生の保健体育の授業がある日がやってきた。
すでに女子は別室に移動し、男子生徒たちは琴音先生の登場を今か今かと待っている。
ガチャリ。
琴音先生が、いつものようにミニスカート姿でやってきた。
パチパチパチパチパチ。
僕たちは誰からともなく拍手をして先生を迎え入れた。
「いったい何事ですか?」
すると三太郎がいった。
「今日から女性のこと、詳しく教えてくれるんですよね? それってつまり……いよいよセックスの実技指導が始まるってことですよね!」
すると、教室内には再び──いや、今度は割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「お静かに──」
琴音先生が「しーっ」と人差し指を唇に重ねると、教室は一瞬にして静まり返った。
三太郎だけでなく、すべての男子生徒が琴音先生の言葉を待っていた。
「──いったい、どうしてそんな話に?」
すべては僕のせいだ。
「先生、ごめんなさい。先日の小古呂さんとのことを、三太郎に少しだけ話しちゃったんです。そしたら最後に先生が、女性の心や体のことを僕に教えてくださるっていったのを三太郎が勝手に解釈して、こんなことに……」
「ああ、そうだったんですか」
すると三太郎が力強くいった。
「カイトだけにセックスのことを教えるなんて、ずるいです。僕たちにも教えてください」
再び拍手が起こる。
今日はみんなが三太郎の味方のようだ。
「わかりました。でも、あなたたちがセックスを経験する前に、知っておかなければならないことは、まだまだありますよ。今日は女性の体のこと──つまり、女性の生理についてお話しします」
すると三太郎は、
「セックスの話じゃないのかあ……」
とがっかりしたが、琴音先生ににらまれて、すぐに口を閉じた。
「あなたたち男性は、女性の体のことを知らなすぎます。それなのに女性の体を求めるから、女性が傷つくのです。ちゃんと女性のことを理解して、相手の体も心もいたわることができる男性になってください。いいですね、三太郎さん?」
「は、はい!」
「よろしい。では、授業を始めます。──今までずっと、女性の生理は、あまり話題にしてはいけないタブーとされてきました。ですから、男性があまり知らないのも無理がないことです。でも、生理は将来、女性が赤ちゃんを産むための大切なメカニズムですから、男性も知っておく必要があります。カイトさんだって、いつかは子どもがほしいでしょう?」
「え!? えっと……まだ考えたことがありません」
「そうですか。三太郎さんは?」
「俺も正直、考えたことないや。だって、まだ中1……」
ぎろり。
再び琴音先生ににらまれて、三太郎は言葉を失った。
「そんなことだから! 男性がそんなことだから、不幸な目にあう女性がいるんです。セックスをただの快楽の手段と考えないでほしいです」
「ごめんなさい……」
「あ、いえ。今のは三太郎さんだけにいったのではなく、世の中の男性全員にいったので。──では、続けます。生理とは、簡単にいうと、ホルモンの働きによって成熟した子宮内膜が、はがれ落ちて体外に排出されることです。つまり、もう生理が始まっている女の子は、受精して妊娠したときに、赤ちゃんが宿る準備ができているということになります」
ついこのあいだまで小学生だった僕たちだが、体の中では、もう子どもを産む準備ができている人もいるということだ。
まだ思春期に入っていない僕には、まるで実感がわかない。
こんな僕でも、体だけは大人になるときがもう目前に迫っているのだ。
「人間の卵──卵子のもとになる原子卵胞を、女の子は数百万個もって生まれてきます。この原子卵胞は、生理が始まるころには30万個ぐらいにまで減っていきます。1カ月に約1000個のペースで、時間とともにどんどん減っていき、35歳ぐらいでは、もう2~3万個ぐらいしか残っていません。これがどういうことか、わかりますか?」
僕は手をあげた。
「年齢が上がるほど、妊娠しにくくなるということですか?」
「そうです、カイトさん。現在は晩婚化が進んで、出産年齢も高まっています。加齢とともに卵子が減りますし、男性の精子も減ります。しかも正常な精子が作られる確率も下がりますから当然、妊娠できる確率が下がります。日本では、少子化が社会問題になって久しいですが、このままでは人口が減少していくのは、当然ですね」
すると三太郎が質問した。
「どうして晩婚化しているんですか? みんなもっと早く結婚すればいいのに」
「いい質問です。なぜ現代人は、結婚する年齢が高まっているのでしょうか。わかる人はいますか?」
すると、優等生の男子生徒が手を挙げた。
「新聞で読んだことがあります。世論調査によると、女性の経済力が向上したことと、独身のほうが自由だから──だったかと」
「はい、そうです。確かに、結婚すると、時間も住居もお金も、自由になりません。家族みんなのことを考えて使わなければなりませんから、できるだけ独身時代を長くして、自由な時間を楽しみたいという気持ちはわかります」
そこで僕は再び手を挙げた。
「でも、どうして女性の経済力が向上すると、晩婚化が進むんですか?」
「カイトさん、いいところに気がつきましたね。実は、以前の日本では、女性は男性よりも給料が低いのがあたりまえだったのです。それが現在、そうした不平等をなくそうということで、女性を積極的に昇進させ、給与を上げる会社が増えています」
「それは、いいことじゃないですか?」
僕の問いに、なぜか先生は答えずに話を続けた。
「女性がお金をたくさんもつようになると、結婚して男性の稼ぎに頼らなくても、自分1人で生活できるようになります。だから、急いで結婚しなくてもいいと考える女性が増えて、結果的に晩婚化が進むというわけです」
「そうだったんですか。晩婚化や少子化が進むのは問題ですが、男女の不平等をなくすのはいいことだから、難しい問題ですね」
「本当にそう思いますか?」
「えっ、違うんですか?」
自分では、ごくあたりまえの感想を述べたつもりだったが、先生はどこに疑問をもっているのだろうか。
「カイトさん、以前、『結婚にはどんなメリットがあるのか』について、みんなで話し合ったのを覚えていますか?」
「あっ!」
「思い出してくれたようですね。人間というのは、結婚して子どもを産み、育てることに最大の喜びを感じるように作られた生き物です。いいえ、ほとんどの生き物が、そのようにできているんじゃないかと、先生は思います。特に女性の場合は、体つきを見ればわかるように、赤ちゃんを産んで、おっぱいをあげることに特化したつくりになっています」
すると三太郎が、「確かに!」とうなずいた。
先生の体つきを確認する目がエッチだったのは、いうまでもない。
しかし構わず、先生は続けた。
「あたりまえですが歴史上、世界のどこにも、男性が女性に代わって子育てをしていた時代はありません。女性が育児を放棄して、保育園などに預けていた時代もありません。そうやって育った子どもがどうなるか、どこにもデータがないのです。──というか、ふつうに考えて、幸せな子が育つとは思えません。そのことを無視して、『男女平等』とか『男女共同参画』などと称して、女性を男性と同じように働かせるなんて、愚の骨頂だと、先生は思います。そんな平等、いりません!」
いつになく熱のこもった先生の言葉に、教室はシーンと静まり返った。
「カイトさんはどう思いますか?」
「僕は……。正直、僕にはわかりません。女性にもいろいろな考えの人がいるでしょうから、中には結婚や子育てより、仕事に幸せを見出す人もいるんじゃないかと思います。そういう人にとっては、女性が出世しやすいのはいいことなのでしょう。だけど、そういう価値観は、何か不自然な気がします。先生がいうように、生き物としては、たぶん不自然です」
「では、お母さんが仕事のために子どもを保育園などに預けるのをどう思いますか?」
「たぶん夫の稼ぎだけでは足らなくて、しかたなく働いている人もいると思いますから、そういう場合は、子どもをどこかに預ける必要があるんでしょう。でも、子どもの立場でいわせてもらえば、やっぱり子どもとしては、お母さんには家にいてほしい。たとえ貧乏でも、お母さんには家にいてほしい。お母さんには……お母さんには……」
なぜだろう。
涙がこぼれてきた。
止まらない。
どうしよう。
ふと周りを見ると、みんなが不思議そうな目で僕を見ている。
それもそのはず、僕が養護施設から通っていることは、ほとんどの生徒が知らないのだ。
「ごめんなさい、カイトさん」
先生はハンカチで僕の涙をふきながら、話を続けた。
「現在、多くの親が保育園や子ども園を利用しています。だから、あなたたちからも、きっと反感を買うだろうことを承知の上で、あえていいましょう。保育園なんて、孤児院みたいなものです。かわいそうなことをしないで、お母さんは子どもの近くにいて、ちゃんと自分で子どもを育てるべきです。世の中には……近くにいたくても、お母さんがいない子だっているんですよ」
そういって、先生は僕をぎゅっと抱きしめた。
ちょうど胸の谷間に顔がはさまる感じになって、苦しいけれど、とても温かい。
終業のチャイムが鳴ると、先生は僕を抱いたまま、みんなにいった。
「少し脱線してしまいましたね。この続きは来週にしましょう」
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『テニスなんかにゃ興味ない!』を
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