【第47話】性犯罪に走ってもいいですか?

授業を終えて廊下に出た琴音先生を、三太郎が追いかけていく。

なんだろう?

僕は三太郎を尾行した。


「先生!」


「あら、三太郎さん。どうしたんですか?」


「あの……運動って性欲の解消になりますか?」


「運動? ええ、もちろんスポーツをするとモヤモヤした気持ちは発散できますね。筋トレなどで鍛えすぎると男性ホルモンの分泌が活性化して、性欲がもっと高まってしまうような気もしますが」


「じゃあ、たぶんテニスぐらいの運動が最適ですよね!」


「あ……ええ、そうかもしれません」


「実は僕、性欲が強すぎて困っているんです。オナニーだけじゃ発散できないんです」


「それは大変ですね」


「そこで、僕をテニス部に入れてもらえませんか? 性欲をしずめたいんです!」


「三太郎さんがテニス部に!? でも、テニス部には人数制限があって……」


「先生! このままでは僕の性欲が収まりません! 琴音先生は僕が性犯罪に走ってもいいんですか!?」


「そんな大げさな……」


「大げさじゃありません。僕は毎日、琴音先生を襲わないように理性でブレーキをかけていますが、いつなんどき、このブレーキがきかなくなるか……」


「わ、わかりました。特別に入部を認めます」


「いいんですか!? やったー!」


「三太郎さんに襲われたくないですからね。練習の予定はカイトさんや新菜さんから聞いてください」


「わかりました!」


自分の性欲を武器にして、あの冷静沈着な琴音先生を説き伏せるとは、なんというひどい説得だ。


「おいカイト! 俺も今日からテニス部員だ!」


「……うん、聞いてたよ。史上最低の説得だったよ」


「最悪」僕の背後でそうつぶやいたのは、新菜だった。「テニスで性欲を解消しないでよね!」


まったくだ。


   *


放課後、僕をはさむように三太郎、新菜の3人が並んで校門を出ると、見覚えのある少女が立っていた。

かわいらしい、でも落ち着いた顔つきの、三つ編み少女。

プロテニスプレーヤーの小古呂奈江さんだった。


「小古呂さん!」


「カイトさん、しばらくぶり。お返事をしにきました」


まずい。

まさか、本当に返事をしに来てくれるとは。


返事とは、もちろん僕が書いた冗談──「結婚してください」に対する返事だろう。


「でも、どうして僕の学校が?」


「あのとき生徒手帳、見せてくれたでしょ?」


「あ……そうでした」


興味津々──を通り越して、すでに顔が鬼のように険しくなっている新菜を、三太郎が引っ張っていく。


「おい、行くぞ新菜。ちょっとは気をきかせろ!」


「ぐぶううう……」


まるで猫が怒ったときのような、動物的なうなり声を出しながら、新菜は退散した。

ありがとう三太郎、と目で合図を送る。


二人きりになったところで、会話を再開した。


「しばらくぶりです。返事って……あのメモですよね」


「はい。試合があるたび、あのメモを読み返しています。そのたびに力がみなぎってきて、テニスの調子が上がってきました。緊張することも、ほとんどなくなりました。ありがとう」


「いいえ、どういたしまして」


「でも、結婚はさすがに……ね」


「ですよね」


よかった。

ちょっとホッとした。

さすがに冗談だと気づいてくれたようだ。


「私たちはまだ中学生ですから、結婚は少し早すぎると思うんです」


「え……あ、はい」


「ですから、今のところは婚約だけにとどめて、実際に結婚するのは、お互いが適齢期になってからにしましょう」


「え……ええっ!? 婚約!?」


やっぱり冗談が通じていない!


三太郎と新菜に助け舟を求めようとしたが、すでに2人は姿を消してしまっていた。

まずい。


「婚約じゃだめでしょうか。でも日本の法律では、私たちはまだ結婚できないので、今すぐ結婚するには海外に移住するとかしないと……。まあ、私はそれでもいいですが、そうしますか?」


「えええっ!? 移住!?」


どうやら「あれは冗談でした」では済まなさそうだ。

どうすれば……!?


「ちょっといいですか?」


天使のような美しい声。


「琴音先生!」


先生が僕の耳元でささやく。


「カイトさん、またお困りのようですね」


「とても困っています! 先生、僕はどうすれば……?」


「フフッ。……小古呂さん。カイトさんはまだ、結婚どころか婚約することの意味もわかっていないのです。そもそも、女性のことはさっぱりわかっていません。ね、カイトさん?」


「は……はい」


すると小古呂さんは小首をかしげた。


「女性のことがわからない?」


僕は正直に答える。


「はい、僕は今まで女性と交際した経験がありません。お付き合いをしたことがないのです。中学1年生なら、それはよくあることかもしれませんが、それ以前に、僕はまだ、同世代の中学生ほど、異性に興味をもてないのです」


「女性に興味がない……ってまさか!?」


「いいえ、女性よりも男性が好きとか、そういう意味ではないです」


「あ……ああ、そうですか。ホッ。じゃあ、どういう意味ですか?」


「僕はまだ思春期にも入っていない、子どもです。女性に対する興味も、知識も未熟なのです」


「そうなんですか……じゃあ、あのメモにあった『結婚してください』というのは?」


あれは小古呂さんの緊張をとくための冗談でした──というのは小古呂さんの場合、通用しないだろう。

では、どう答えたらいいのか。


僕がすがるような気持ちで琴音先生に視線を送ると、先生はこくりとうなずいた。


「小古呂さん。あれは、カイトさんなりの好意を示す言葉だったのです。カイトさんは結婚と交際の意味の違いも、よくわかっていない、子どもですから」


それじゃあ、まるで僕がバカみたいだが、この際、しかたがない。

そういうことにしておこう。

小古呂さんも、ちょっと納得してくれたような表情だ。


「わかりました。じゃあ、私のことを想ってくださっているのは本当なのですね」


「男性が女性を想う──その感情すらも、僕にはまだ、ザックリおぼろげにしかわかりません。でも、僕があなたに好意をもっていて、あのとき、あなたを助けたいと思ったのは本当です」


「……わかりました。じゃあ私は、カイトさんの成長を待つことにします」


僕がうなずくと、琴音先生は軽くポンと手をたたいた。


「では、一件落着ね。小古呂さん、女性の心や体のことは、私がきっちりカイトさんに教えておきますから、もう少し待ってあげてください」


「はい」


小古呂さんは微笑みを浮かべながら、僕たちに背を向けた。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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