【第46話】オナニーのマナーとは何ですか?
僕は新菜の手を引っ張って、校長室の前まで来た。
心配した琴音先生と三太郎も、あとからついてきた。
すると、ちょうど校長室のドアが開いて、中から警察官2人と阿久野が出てきた。
阿久野は新菜を見つけて、「ちっ」と舌打ちをした。
その反応に怒ったのは、いつも冷静な琴音先生だった。
「阿久野さん! その態度は何ですか!? ぜんぜん反省してないじゃないですか! 新菜さんに謝りなさい!」
阿久野は根っからの悪人だ。
そんな男が、人に謝るはずがない。
僕がそう思ったとき。
阿久野は地面に頭をこすりつけんばかりの土下座をした。
「浜尾新菜さん……すまなかった。本当に……ごめん──」
これには新菜ばかりか、「謝れ」といった琴音先生自身も戸惑っていた。
「──それから伊勢カイト君。きみのおかげで目が覚めたよ」
まるで人が変わったようだ。
いったい何が彼を改心させたのだろうか。
「……よかったです。新菜、お別れをいわなくていいの?」
「……さよなら」
警察官の1人に「行くぞ」と促され、阿久野は立ち上がった。
そして、僕たちとすれちがいざま、琴音先生に視線をやった。
「先生、ありがと。おかげで治ったよ」
「……ああ、そう。でも、もう悪用しちゃダメですよ」
「フフッ……わかってるよ」
なるほど、そういうことか。
アレが完治したのが、よほどうれしかったのだ。
阿久野は、まるで
これは、先生の性教育の勝利だ。
僕たちは、無言で阿久野を見送った。
「さあ、急いで教室に戻りましょう。3時間目は保健体育の授業ですよ」
そんな琴音先生の言葉で、僕たちはわれに返った。
指先で涙をぬぐっている新菜とは対照的に、三太郎はガッツポーズをとっていた。
「喜んでぃ!」
*
教室に戻ると、生徒はすでに男子だけになっていた。
「みなさん、遅くなって失礼しました。今日は思春期のみなさんにとって、とても大切な授業をします。以前にも一度、オナニーの話をしたことがありますが、今日はそれの実践編です」
授業開始早々、いきなりの展開に、今まで阿久野の噂話でもちきりだったであろう男子生徒たちの視線は、100%琴音先生にくぎづけになった。
集中力の欠けた生徒を集中させる授業が、他にあろうか。いや、ない。
中でも最もテンションが上がった男は、もちろん三太郎だった。
「せっ、せせん! せ、先生! 質問!」
「三太郎、落ち着きなよ。先生はまだ何も話してないのに、いったい何を質問するんだよ」
思わず僕も突っ込んでしまったほど、三太郎は前のめりに起立して挙手をした。
「はい、三太郎さん、どうぞ」
「つまり、今日の授業では、オナニーのやり方を指導してもらえるんですか!? 手取り足取り!?」
どよどよどよ。
ゴヤガヤガヤ。
ここにいるのは思春期に入ったばかりの中学1年生の男子ばかり。
とめどない妄想が広がっていくのも無理はない。
「……。いえ、それはさすがに無理です。性教育に力を入れるとは申し上げましたが……それではほとんど風俗店みたいになってしまうので」
「あたりまえだよ、三太郎。それってセクハラになるかもよ。琴音先生に謝ったほうがいいよ」
僕の言葉で、はっとわれに返る三太郎。
「あ……。先生、すみませんでした。僕をセクハラで訴えないでください」
「大丈夫です。思春期の男子の性欲は、とても強いものです。オナニー実践編と聞いて興奮してしまうのも、しかたのないことでしょう」
「ほっ」
「そんな強い性欲をしずめてコントロールするために、オナニーは大切なものです。──さて、みなさんの多くがすでにご存じのとおり、男性のオナニーは、オチンチンを自分で刺激して、射精をうながす行為です。マスターベーション、自慰行為、ひとりエッチなど、いろいろな呼び方がありますね。ここでは、オナニーをする場合の注意事項を説明します。オナニーをするとき、いちばん気をつけなければならないことは何か、わかりますか?」
「はいはいはい!」
また三太郎か。
「はい、どうぞ」
「やりすぎないこと!」
どっと沸く教室。
しかし琴音先生は冷静だった。
「では、三太郎さん。1日何回までだったらオナニーしてもいいと思いますか?」
「うーんと……まあ、3回ぐらい?」
すると、「3回はやりすぎだろ!」「1回で十分だよ!」などの意見が飛び交う。
先生は微笑みながらいった。
「みなさん、安心してください。オナニーは何度やっても大丈夫です」
ざわざわざわ。
「先生! 100回でも!?」
アホな質問をしたやつがいる。
「1日に100回もできるなら、どうぞやってください。……できるんですか?」
「いや、無理です。すみません」
「そうでしょうね。もちろん、ものには限度がありますが、オナニーのやりすぎが体に悪いということはないので、もし性欲がしずまらないのであれば、納得いくまで自由にたくさんやってください」
また三太郎がガッツポーズをしている。
アホだ。
「では、みなさん。お話の続きです。オナニーをするとき、気をつけなければいけないこと──それは3つあります。まず第一に、清潔な手で行うこと。これは病気を防ぐために、あたりまえの注意事項ですね。第二に、強くこすったり握ったりしないこと。強い刺激に慣れてしまうと、いざ女の子とセックスをしたときに射精できない場合があります。そして最後に──これは、もしかしたら最も大切なマナーかもしれません。わかる人はいますか?」
オナニーのマナー?
まだオナニーどころか射精もしたことがない僕にとっては難しい問題だ。
だけど、もし自分がやるとしたら──まず最初に気をつけることは、これしかない。
僕は静かに手を挙げた。
「カイトさん、わかるのですか? もしかして、ついに経験されましたか?」
「いや、経験はありません。でも、気をつけなきゃいけないマナーなら、なんとなくわかります。『他人に見られないようにする』ですよね?」
「お見事! カイトさん、正解です。オナニーをしているところをお母さんやお父さん、兄弟・姉妹、お友だちなどに見られたらどうなるでしょうか」
「うえ~!」「想像もしたくねえ!」「最悪!」などの声が飛び交う。
「そうですね。同性ならまだしも、見られた相手が女性だったら最悪です。場合によっては、しばらく──いいえ、人によっては永遠に口をきいてもらえないかもしれません。そうならないためにも、オナニーは絶対に人に見られてはいけません。必ず自分だけの空間でやること。これがオナニーで最も大切なマナーです。わかりましたか?」
「「「はい!」」」
今までに聞いたことがないほど元気のいい男子生徒たちの返事が、教室内にこだました。
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『テニスなんかにゃ興味ない!』を
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この物語は毎日更新していき、
第50話でいったん完結する予定です。
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