【第44話】僕の家に来てくれますか?

「アリバイ?」


「あおいちゃん、きみはSNSに例の写真を投稿したとき、こういうコメントつけたのを覚えてる? 『中学生のお兄ちゃんとラブホ初体験☆朝までイチャラブしちゃった』ってやつ」


「うん。覚えてるよ」


「だけど、僕の家は門限が5時だから、朝までイチャラブなんて無理なんだよ」


「5時って、夕方の5時!? 中学生で門限5時なんて、そんなわけないでしょ! それに、門限なんてどうとでも決められるじゃない。そんなんで無実を証明できるわけないよ」


「いや、本当に門限は5時なんだ。あおいちゃん、僕の家に来てくれる?」


「カイトの家に? べつにいいけど、またネットに投稿するネタができちゃうよ。『例のお兄ちゃんの家に連れ込まれちゃった♪』みたいな」


「好きにすればいいよ。琴音先生、いいですよね?」


「……。だったら先生も一緒に行くわ。その子、本当に何をしでかすかわからないもの」


「大丈夫ですよ。ほら先生、足をちょっとケガしてるじゃないですか。早く帰って治療してください」


「……。わかりました。カイトさんに任せます」


「信じてくれてありがとう、先生。じゃあまた明日、学校で!」


「はい、また明日。気をつけて帰ってください」


   *


僕はあおいちゃんと一緒に自宅に向かった。


「カイトの家ってどこにあるの? 遠いの?」


「大丈夫。ここから歩いて10分ぐらいだよ」


あおいちゃんは周りの町並みをきょろきょろと観察した。


「そうなの……。このへんって、けっこうな高級住宅街だよね。ってことは、カイトはお坊ちゃんってことよね。お金持ちのお坊ちゃんなら、門限が5時ってのもありうるかもしれないけど、門限なんて、それぞれの家でどうとでも決められるものでしょ。どっちみちアリバイなんかにならないわ」


「いや、うちはお金持ちじゃないよ。確かに、このあたりには豪邸が多いけど、そうじゃないものもある。僕の家みたいにね」


「そうなの?」


しばらく歩くと、僕の家が見えてきた。


「ほら、あれが僕のうちだよ」


「めっちゃ広い庭! なによ! やっぱりお金持ちじゃない!」


「違うよ。よく見てよ。そこの看板」


「……? 『東京都石泉せきせん学園』……? これ、学校なの?」


「まあ、入ってよ」


しんと静まり返った学園の中を、あおいちゃんと一緒に進んでいく。

建物に入ると、金本さんが出迎えてくれた。


金本さんは32歳。

料理や掃除が中心という仕事柄、いつもマスクをしているが、マスクを外すとすごい美人だ。

25歳のときにご主人を病気で亡くし、それからずっと、ここの補助スタッフとして働いている。


「カイト君、遅いわね! 門限ぎりぎりじゃないの! ……ん? その女の子は? ここの子じゃないわね」


「この子はあおいちゃん。ちょっと事情があって連れてきたんだ。うちの門限が5時だっていうのを信じてくれなくて」


すると金本さんはいった。


「そうなの? どういう事情だか知らないけど、そういうことなら、7年前から働いてる私が保証するわ。中学生以下の門限は夕方の5時。高校生以上は6時半。毎日、その時間に点呼をとって、全員いるか確認してるの。遅れた子は原稿用紙10枚の反省文を書いてもらうことになってるけど、ここ5年ぐらいは遅れた子は1人もいないわ。私に叱られるのがよっぽど怖いんでしょうね。うふふ」


「うん、金本さんが怒ると、すごく恐いからね。まるで火山が噴火したみたいに怒るんだ」


「まあ、ひどいいわれようね!」


すると、しばらく黙っていたあおいちゃんが口を開いた。


「え……。あ、あの……。カイトはいつからここに?」


「僕は5歳のときに両親を亡くして、それからずっとこの児童養護施設で暮らしてる。支給される毎月のお小遣いは1500円。文房具や本を買ったら、すぐになくなっちゃうんだ。ホテル代なんて払えないよ」


「5歳で両親を……?」


「うん、事故でね。そんなわけで、僕はあおいちゃんを名誉棄損で告訴しようと思う」


「ええっ!?」


「アリバイ的にも、金銭的にも、僕が君とホテルに行くのは無理だと証明できるから、裁判で負けることはないだろう。あおいちゃんのご両親には、裁判所に出頭してもらったり、かなり迷惑がかかることになるけど、しょうがないね」


「私を告訴!? やめて! 裁判なんて……。私、親に知られたら……。ごめんなさい。私、私……」


あおいちゃんは本当に困ったような顔で、ぽろぽろと涙を流した。


「ふふっ、ごめん。冗談だよ。訴えたりなんかしないよ。これで、少しはお灸をすえられたかな?」


「え……」


あおいちゃんはせきを切ったように涙を流して、わんわんと号泣した。


   *


泣きたいだけ泣かせてから、ハンカチで涙をふいてあげた。


「ねえ金本さん、この子を送ってあげたいんだけど、いいかな?」


「いいわけないでしょ! あと2分で門限の時間よ」


「ですよね……」


すると、あおいちゃんが涙声のままでいった。


「まだ明るいから……1人で帰れる」


すると、金本さんが階段に向かって大声を張り上げた。


「おーい! シンジくん! シンジくん!」


ぬぼーっと現れたのはシンジさん。

小柄でやせていて、引っ込み思案な高校2年生だ。


「なんですか?」


「この子を家まで送ってあげて。6時半までには帰ってくるのよ」


「はあ」


ここでは、高校生以上の門限は6時半なのだ。


シンジさんは無口なので一見頼りなさそうだが、実は少林寺拳法の使い手。

あおいちゃんのボディーガードは適任だ。


僕と金本さんは、あおいちゃんとシンジさんの背中を見送った。


「いったい何があったのか知らないけれど、あの子、性根は悪い子じゃなさそうだね」


「うん、僕もそう思います」


「おっと、もう夕食のしたくをしないと」


「金本さん、お礼に僕も手伝います!」


「お礼? 私、何かしたっけ?」


「門限を証明してくれたでしょ。それに、あおいちゃんのボディーガードまで手配してくれたし」


「ああ、そんなこと?」


この施設の児童みんなのことを心から想い、まるで実の子のように接してくれる。

そんな金本さんが、僕らはみんな大好きだ。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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