【第43話】だまされたほうが悪いのですか?

さっきまでの戦いがウソのように、テニスコートは静まり返っていた。

僕と琴音先生、そしてあおいちゃんの3人は一様に、ふーっ、と安堵のため息を吐いた。


「琴音先生、これでよかったんでしょうか? 悪人とはいえ、僕は大勢のケガ人を出してしまいました」


「さっきの状況では、戦うしかなかった。しかたがないわね。まさかケガをさせられたといって、彼らが司法に訴えてくるとは思えないし」


「阿久野先輩なら、やりかねませんよ。裁判ざたにならないとしても、このことが学校に知れたら、僕はいいとして、琴音先生まで学校を辞めることになるんじゃ……」


「うふふ、教師をクビになるぐらい、べつにどうってことないわ。仕事なんて、他にいくらでもあるわ。そもそも、教科書を無視して性教育を教え始めた時点で、クビなんてとっくに覚悟してたもの」


「そうだったんですか?」


まさか琴音先生が、性教育に教師生命を賭けて臨んでいたとは。


「だけど、担任教師として、カイトさんを退学にさせるわけにはいかない。もしも彼らが訴えてきたら、正当防衛を主張して、絶対に退学にならないようにしてあげるわ」


「ありがとうございます。でも、僕は学校を辞めようと思っているんです。学校のみんなは、僕があおいちゃんと一緒にラブホテルの前にいる、例の写真を見ています。僕は何をいわれても構わないんですが、いずれは三太郎や新菜、もしかしたらテニス部のみんなにも迷惑がかかるかもしれない。僕が退学もせず、今まで通り学校に通い続ければ、間違いなく学校の名前にも傷がつくでしょう」


「そんなのダメよ! 担任として、私はあなたを絶対に退学にはさせない! ……そうだ! ねえ、あおいさん」


いきなり琴音先生に声をかけられて、ただ息を整えるのに必死だったあおいちゃんは、ハッと我に返った。


「な……何?」


「あおいさん、お願い。うちの校長に本当のことを話してくれないかしら?」


「本当のことって、あの写真はお金をもらって撮ったもので、カイトさんとは何もしていないってこと?」


「そう。そして可能なら、謝罪動画をSNSに流してほしい。また顔はボカしても構わないから。そうすれば少しはネット上の噂も静まるでしょう」


あおいちゃんは首を横に振った。


「なんで私がそこまでやらなきゃいけないのよ。だまされたカイトが悪いのよ。もらったお金はもう使っちゃったから返せないし、校長先生なんかに本当のことを話したら、きっと警察に通報されて、補導されちゃうに決まってるじゃない!」


「それはそうかもしれないけれど……」


真実が明るみに出た結果、あおいちゃんが警察の取り調べを受けることになるのは当然の流れだろう。

それは自業自得といえる。


だが、そうなるとわかっていて、あおいちゃんが僕を助けるために証言をしてくれるとは思えない。

……だけど。

僕はおもむろに口を開いた。


「あおいちゃん」


「何よ?」


「僕を助けるために、校長先生の前で真実を述べてほしいとはいわない。でも、あおいちゃんは今、聞き捨てならないことをいったね」


「なんのこと?」


「『だまされた僕が悪い』っていったね?」


「いったわよ。そのとおりじゃない? この世には、だます人間とだまされる人間しかいない。だったら、だます人間になったほうが得じゃない?」


「小学生にして、その考えに至ったのはすごいと思うけど、間違ってるよ」


「どこが間違ってるの?」


「だましもしないし、だまされもしない人間になったほうがいいと思わない?」


「そんな人、どこにいるのよ? 私、見たことないわ」


「僕も見たことないよ。だけど、そういう人間になろうと努力することが大切だと思わない? 世の中がそういう人ばっかりになったら、すごくいいと思わない?」


「バカみたい。そんなの無理よ」


この子は、小学生にして、もう心を汚されてしまっている。

最後の手段を使うしかないか。


「僕は、その気になれば、いつでも身の潔白を証明できるんだ。でも、あおいちゃんが改心してくれることを期待して、あえてそれはしないでおこうと思ってた。でも、考えが変わったよ。あおいちゃんには一度、お灸をすえたほうがよさそうだ」


「な……何よ! 脅したってムダよ! どうせハッタリでしょ! どうやって無実を証明するのよ!」


「推理小説風にいえば、僕にはアリバイがあるんだ」


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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