【第41話】勃起不全は治りますか?

その後の試合展開は、琴音先生の独壇場だった。

いや、そんな表現をしてしまっていいのかどうか不明だが、とにかくボールが阿久野のほうへ飛ぶと、


「ED!」


「中折れ!」


「インポテンツ!」


──などの意味不明な言葉を琴音先生が発し、そのたびに阿久野がフリーズ状態になって、僕たちの得点になる、という展開であった。


「いったいどうしたんだ、阿久野!?」


業を煮やしたスネオが叫んだとき、ゲームカウントは3対0で、ポイントも40-15。

ようするに、もうマッチポイントだった。

あと1ポイントとれば、僕たちの勝ちだ。


「うるせえ、なんでもねえよ!」


強がる阿久野に対し、僕は全身の痛みに耐えながらサーブを放った。

阿久野がレシーブしようとラケットをテイクバックしたとき、またしても琴音先生の声が響きわたった。


「若年性勃起不全!」


またしても、聞いたことのない言葉だ。

いったい何が起こったのか、阿久野はラケットを落とし、ガックリとひざまずいた。


「なぜだ……? なぜ、おまえは……?」


血走った目で問う阿久野に、琴音先生は静かに答えた。


「どうしてわかったか、教えてあげましょう。女好きのあなたが、この試合にセックスを賭けなかった。それでわかったの」


「そんなの、俺が勃たない証拠にはならないだろう!」


「先生は知っています。あなた、夜遊びばかりして、不規則な生活を送っているわね。テニス部を辞めてから、ろくに運動もしていないんじゃない? 好きな飲み物はコーヒーやオレンジジュース。食事はファーストフードばかりでしょう。もしかしたら、タバコやお酒も飲んでいるんじゃないですか?」


「それがどうした! 俺の勝手だろう!」


「若年性勃起不全になる原因は、不規則な生活、偏った食事、運動不足、喫煙や飲酒……などが挙げられるの。あなたには、そのすべてが当てはまっているのよ。勃起不全にならないほうが、むしろおかしいぐらい」


「ちっ……。だが、そんな情報はネットを調べればすぐにわかる。俺だってバカじゃない。規則正しい生活や栄養に気をつかったり、酒やタバコも控えたりした。だけど、ぜんぜん治らねーんだよ!」


どうやら阿久野は何かの病気で、その原因を琴音先生が見抜いたらしい。

いったいどういう病気なんだろう。


「琴音先生、お取り込み中にすみませんが、その『じゃくねんせいナントカ』っていうのはどういう病気なんですか?」


「あら、ごめんなさい。カイトさんはまだ知らないかもしれないわね。勃起不全というのは、セックスをするために十分な勃起が得られない状態のことをいいます。勃起機能の低下──Erectile Dysfunction──略してEDともいいます。オチンチンの勃起機能というのは、とてもデリケートなので、ご年配だけじゃなく、若者にも起こります。これを若年性勃起不全と呼んでいるのです」


「つまり、オチンチンが勃たないってこと?」


「そうです」


ここで阿久野が叫んだ。


「うるせーよ! まだエッチもしたことないやつに、バカにされたくねえな!」


「いや、バカにはしていませんけど……。それで先生、どうすれば治るんですか?」


「まず、原因を突きとめることが大切よ。若年性勃起不全は、心因性──つまり、悩みごとや心理的なプレッシャーなどが原因となって起こることも多いの。その場合はカウンセリングや投薬治療を行うんだけど、彼の場合はむしろ他人にストレスを与えている側みたいだから、心因性ではなさそうね」


「うるせーっつってんだよ!」


琴音先生は右手をアゴ先にやって、少し考えてからいった。


「阿久野さんは特に食生活が乱れているから、そっちのほうが原因だと思うの」


「だから、いったろ! 食事は死ぬほど改善して、栄養バランスにも気をつけてるって!」


「そうかしら?」


「どういう意味だ」


「かなり即効性のある改善方法を知っているんだけど、それは試しましたか?」


「な……なんだそれは? 早く教えろよ!」


「あなたは、あるミネラルが不足している可能性があるの」


「ミネラル? ミネラルウォーターとかのミネラルか?」


「そう。阿久野さんの場合は亜鉛の不足が疑われるわ」


「あえん?」


「そう、亜鉛です。不妊男性の多くには亜鉛の不足がみられ、精子の運動率や精子数にかかわることがわかっています。また、亜鉛が不足すると勃起不全を引き起こすともいわれています」


「さっきもいったが、栄養バランスにはそれなりに気をつけてる。それでも治らなかったぞ。亜鉛っていうのは、どんな食べ物に含まれているんだ?」


「亜鉛は豚レバー、牛肉の赤身、油揚げ、カシューナッツ、卵、貝のカキなどに多く含まれています」


「どれも俺の好物ばかりだ。不足しているとは思えないね」


「阿久野さんはコーヒーやオレンジジュースが好きですね? あとインスタントラーメンも」


「それがどうした?」


「コーヒーやオレンジジュースは、亜鉛の吸収をさまたげます。またインスタントラーメンなどの加工食品にはリン酸塩、ポリリン酸、フィチン酸、グルタミン酸ナトリウムが使われ、これらの成分も亜鉛の吸収を阻害します。これらを摂取しすぎると、いくらきちんと亜鉛を摂っていても、十分に吸収されず、亜鉛不足になるおそれがあります」


「なんだと!?」


「まずはコーヒーとオレンジジュース、加工食品を控えてみてください。そのうえで亜鉛を含む食品を積極的にとることで、あなたのEDは改善できる見込みがあります」


「そんな簡単なことで、本当に治るのか?」


「わかりません。治る可能性があるということです。でも、阿久野さんの食生活を観察した限り、おそらく、てきめんに効くのではないかと思います」


「……ありがとよ。俺の完敗だ」


「試合に負けたらどうするか、覚えていますね?」


そうだ。

阿久野は約束した。

この勝負に負けたら、「自主退学して、二度とおまえらの前には現れない」と。


「覚えてないね」


「……。それはどういうことですか?」


ここにきて、まだ卑怯な言動を続けようとする阿久野に対して、琴音先生はあくまでも冷静だ。


「フフフ、何か文句あるか? 俺はあんたらと何も約束なんかした覚えはないぜ。それとも、契約書かなんか交わしたっけか?」


なんて汚いやつだ。

阿久野は約束を全部なかったことにするつもりだ。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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