【第36話】タレンテッドはケンカも得意ですか?

僕の前には6人の男たちが立ちはだかっている。

背後には金網と、施錠された扉。


まさに背水の陣。

さっき6人に取り囲まれたときよりも、さらに不利な状況に陥ってしまった。


「よくもナメたまねをしてくれたな。マッチョ、こいつは俺にやらせてくれ」


背の高い男が、怒りをにじませた表情でいった。。


「どうぞ、バラキン。自由にやっちまいな」


マッチョがいった。

どうやら6人組の中で、マッチョがボス格らしい。


バラキンと呼ばれた背の高い男が一歩前に踏み出し、僕と対峙した。


身長は190センチぐらいか。

いや、もっとあるように見える。


その構えは──おそらく空手だ。


しかも、かなり洗練された構え。

有段者なのかもしれない。


僕はさっきと同じボクシングの構えをとった。

格闘技もケンカも習ったことのない僕にとって、頼りは漫画で読んだボクシングの知識のみ。


ボクシングには、いろいろな戦闘スタイルがある。

大まかに分類すると、インファイト系とアウトボクシング系。

小柄な僕は、おそらく漫画の主人公と同じ、相手と近距離で打ち合うインファイトを選ぶべきだろう。


だが、いま対峙しているのは、手足の長い男だ。

はたして近寄らせてくれるかどうか……。


そんなことを思案していたら、バラキンは構えた両手の手首から先をだらりと下に垂らした。

いわば幽霊の「うらめしや~」のポーズである。

いったい何を仕掛けてくるつもりなのか。


バラキンはじわじわと間合いを詰めてくる。

僕との間には、もう1メートルぐらいの空間しかない。

まずい。


これ以上近寄られると、手足の長いバラキンの射程距離に入ってしまう。

後ろへ下がりたいが、背後には金網があって下がれない。


僕は覚悟を決め、バラキンの手と足の動きを注視した。

バラキンはさらに間合いを詰めてくる。

蹴りか、突きか……?


次の瞬間、バラキンの素早い蹴りが、僕の股間をめがけて飛んできた。

金的か!


急所を狙う技は、空手の競技では禁じ手である。

だが、公式戦のルールなど、ストリートファイトでは通用しない。


ふつうなら、両手で股間を守るべきなのだろうが、僕にはそれができない理由があった。

僕は左手ひとつで股間をガードした。


強烈な蹴り。

いちおうガードはしたものの、左手と股間に激痛が走る。


「かかったな!」


バラキンはそう叫ぶと、幽霊のようにだらりと下げていた両手首のスナップをきかせて、いきなり僕の顔面をめがけて突きを放ってきた。


顔面……?

いや、そうじゃない。

バラキンの指先は、あきらかに僕の両目を狙っていた。


相手の目を狙う空手の技なんて、聞いたことがない。

おそらくこれも禁じ手なのだろう。


「げっ!? なっ!?」


奇妙な声を上げたのは、バラキンだった。

驚くのも当然だろう。

彼の両手の人差し指が、まとめて僕の右手に握られていたのだから。


「く、くそっ、はなせ!」


両手を僕に掌握されたバラキンは、苦しまぎれに再び蹴りを放ってきた。

だが、それは十分に予想できた動きだった。


バラキンの蹴りが僕に届くよりも前に、僕の右足が彼の股間をとらえた。


「じょぐっ!?」


うめき声を上げながら、バラキンは崩れ落ちた。

僕はつかんでいた彼の人差し指を離してやる。


バラキンは両手で股間を押さえながら、地面でのたうち回っている。

かわいそうだけど、目には目を、だ。


「だらしないぞ、バラキン!」


マッチョはそう言い捨てながら、無情にも仲間であるはずのバラキンの背中を蹴った。

そして、俺をにらみつけた。


「バラ手と金的を防ぐとはキサマ、何かやってるな? 空手か?」


指で目を突く攻撃をバラ手というらしい。

バラ手と金的で「バラキン」というわけか。


「そんなものやってないよ」


「じゃあ、どうやってバラキンを倒した!?」


「いや……あいつが怪しい構えをしたから、金的を狙ってきたとき、念のために右手をフリーにしておいただけだよ。あんのじょう、続けて突き技をやってきたから、その右手で防いだんだ」


「なんだと!? そんなこと、素人がとっさにできるわけがねえだろ!」


「いや、そういわれても……」


ケンカすらしたことがないのは本当だし。


「うるせえ! 俺は油断も手加減もしねえ。覚悟しろ!」


マッチョが鬼の形相でにじり寄ってきた。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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