【第31話】仮性包茎って何ですか?

琴音先生は、ときおり視線を職員室の天井に向けながら、特別授業を続ける。

おそらく僕たちが誤解したり傷ついたりしないように、一生懸命に言葉を選んでくれているのだろう。


「仮性包茎というのは、いつでも簡単に皮をむくことができるオチンチンのことです。ふつうは成長するにしたがって、皮が完全にむけた状態になるのですが、生まれつき皮が多い人や、太りすぎておなかの皮膚が伸びてしまった場合などは、皮があまってこの仮性包茎という状態になってしまいます」


ここでまた疑問が浮かんだ。


「先生、皮が完全にむけた状態っていうのは、どこまでむけた状態のことですか? オチンチンの根元まで?」


すると、三太郎にツッコまれた。


「アホか! 根元まで皮がむけた状態なんて、考えただけで痛そうだろ!」


「そうね。亀頭きとう、つまりオチンチンの先っぽの、少しくびれた部分から先がすべて露出した状態ね。ちなみに、カメの頭の形に似てるから、亀の頭と書くそうよ」


「そうなんですか。じゃあ、包茎というのは、そのキトウが見えない状態のことなんですね」


「そうよ。ちなみに哺乳動物のオチンチンはたいていみんな、この仮性包茎か、オチンチン自体が体内に埋め込まれているの。だから実は、仮性包茎というのは動物として問題のない、正常な状態といっても過言ではないわ」


三太郎は相変わらず浮かない顔をしている。


「どうしたの、三太郎?」


「いや、俺たちのは全然むけないんだから、仮性じゃなくて真性包茎のほうだろ。いくら仮性包茎が正常っていわれても、もしも真性包茎のまま、大人になってもむけなかったら……」


「先生もいってたじゃないか。大人になっても真性包茎のままの確率は1~3%ぐらいだし、仮に少数派に入っちゃったとしても、セックスに支障がない場合も多いって」


琴音先生はうなずいた。


「ええ。仮にセックスするときに何か支障が出たり、人に見られたときに恥ずかしくなったら、そのとき初めて手術を検討すればいいのよ」


「俺はすでに恥ずかしいんだけど……」


「さすがに、今はまだ早すぎるわ。もしも、からかってくる人がいたら、中学生の70%は包茎なんだと説明してあげなさい。間違いなく、あなたの味方のほうが多いはずよ」


「なるほど……。ちぇっ、俺が小さいうちに、親が『むきむき体操』をやってくれてればなあ……」


三太郎が聞いたことのない体操の名前を口にした。


「何それ?」


「カイトは『むきむき体操』知らないのか? 子どもが物心つく前に、親が子どもの皮をちょっとずつむいてあげるんだよ。けっこう有名だぜ? あれをやっといてくれたら、今ごろ悩まずに済んだのに。親の無知を恨むよ……」


「ふうん。知らないなあ。けど痛そうだね」


「ちょっと待って!」


いきなりテンションが上がったのは、琴音先生だった。


「『むきむき体操』には賛否両論あるのよ。というか、先生はどちらかというと反対派よ。本人が望んでもいないのに、痛い思いをさせて皮をむくなんて。しかも、失敗したら、これから説明する『カントン包茎』になってしまう場合もあるのよ。親を恨むなんて、お門違いもいいところだと思うわ」


「え……そうなんですか?」


三太郎は少し納得しかねているようだが、僕は、なんとなく先生の意見に賛成だ。

いくら物心つく前だからといって、親が勝手に大事なところをいじくるのは、いかがなものかと思う。


「そうよ。じゃあ、問題の『カントン包茎』について説明しますね。カントン包茎は、仮性包茎の人が皮をむいたときに、亀頭の出口がせますぎて、亀頭の根元部分を強く締めつけられてしまう状態のことです。その結果、血流障害が起こって、最悪の場合はオチンチンが壊死えししてしまう場合もあるそうです」


「エシってなんですか?」


「壊死とは、細胞が死滅してしまうことです。オチンチンが腐ってボロンと落ちてしまうのです」


「ボロン……!? えっ、えええっ!?」


「事の重大さがわかりましたか?」


「チンチンが落っこちる!? それって治るの!?」


「治りません」


「じゃあ、どうやってセックスするの!? オナニーは!?」


「セックスもオナニーも、おそらくできないでしょう」


「いやだああああああああああーーーーーっっっっっっっ」


人は、ここまで深く絶望できるのか。

三太郎の大絶叫に、僕と琴音先生が言葉を失っていると、三太郎が、ハッと我に返った。


「じゃあ先生、俺はやっぱり、リスクを冒さないでおいてくれた親に感謝したほうがいいんですね」


「うーん……。先生には、なんともいえません。ただ、『むきむき体操』を推奨しているお医者さんもいますから、どうしても試してみたい場合は、自己流でやらずに、そういう医師を探して相談する必要があると思います」


琴音先生の特別授業のおかげで、今はまだ、それほど悩む時期じゃないってことがわかってよかった。

カントン包茎っていうのだけは、かなり危険みたいだけど。


職員室を去ろうとした僕と三太郎に、先生が声をかけた。


「そうそう、包茎の人がセックスすると、コンドームが外れやすい可能性があるのと、ふつうよりちょっと射精が早い可能性があるので、そのことはいちおう伝えておくわ」


「今さらマジですか先生!? やっぱり手術しなきゃじゃん!」


「三太郎さんたちはまだ中学1年生なのですから、手術は早すぎます」


「でも、彼女ができたときに、包茎だって知られたらカッコ悪いじゃん! もしかしてフラれちゃうかもしれないじゃん!」


「三太郎さん……。20代女性へのアンケート結果で、そもそも仮性包茎と真性包茎の違いすらわからない人や、仮性包茎でも真性包茎でもまったく気にしないという人が多数派だとしたら?」


「マジですか!? だったらいいか。やっぱ手術やめとこ」


「フフッ。あなたたちには、もうちょっと女性の気持ちを知ってもらわないとね。今度あらためて、女性の生理についても解説しますね」


「やったあ! ぜひお願いします先生!」


「はい、わかりました。じゃあみんな、またね」


「ありがとうございました。琴音先生の特別授業のおかげで、なんだか僕、ひと皮むけた気分です」


僕が先生にお礼をいうと、なぜだか一瞬、その場が凍りついたような気がした。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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