【第27話】「カイト兄さん」って誰ですか?

有明テニスの森からの帰り道。

時刻はすでに夕暮れに近く、赤い太陽が地平線の下に隠れようとしていた。


すでに琴音先生は途中の駅で下車し、長内さんは駅で降りてすぐに別れたので、ここにいるのは新菜と三太郎、そして僕の3人。


「で、どうするわけ、カイト?」


「どうするって……何を?」


「小古呂さんのことに決まってるでしょ! あなたのさっきの結婚ギャグ、不発に終わっただけじゃなくて完全に誤解されちゃったじゃないの! しかも脈アリだし!」


「脈アリ?」


「あの反応はどう見てもそうでしょ。ね、三太郎もそう思わない?」


「そうなんだよ! 俺は今、めちゃめちゃムカついている! 今日はテニス女子をたっぷり堪能できると思って行ったのに、なんだか結局、真剣にテニス観戦しちゃったし、カイトだけ、しっかり小古呂ちゃんとイイカンジになってるし!」


「イイカンジ? そう?」


「おまえ鈍感か! さっきのアレは告られたのと同じじゃねーか! ああ、いいなあ……。カイトは年上の美少女と初体験かあ……」


すると新菜が無言で三太郎の頭にビシッと空手チョップした。


「いてぇ! 新菜、何すんだよ!?」


「ちょっと三太郎! へんなこと決めつけないでよ! カイトの初体験の相手はカイトが決めるのよ! カイトは年上より、同い年の子のほうがいいよね? ね、カイト?」


「あ……うん、そ……そうだね。え、同い年? そういうものなの?」


「もちろんよ」


そこに三太郎がツッコんだ。


「カイトの初体験の相手はカイトが決めるんじゃなかったのか? ちなみに俺は年上のほうがいいと思うぞ。いろいろリードしてもらえそうだし」


「私だってリードできるもん!」


「おまえ、どんだけカイトとエッチしたいんだよ!」


「うるさいわね!」


僕たち3人が新菜の家の前に到着するころには、もうすっかり暗くなっていた。


「ほら新菜、家に着いたよ」


「ありがとうカイト、家まで送ってくれて」


「ちょっと待て、俺もいるだろ! 俺に礼はないのかよ!」


「あるわけないでしょ」


「なんでだよ!」


いつものように言い争う2人をなだめて、僕は三太郎と2人で帰途についた。

三太郎とは、毎朝待ち合わせているコンビニの前で別れた。


   *


暗い夜道で、小古呂さんのことを思い返す。

少し誤解はあったようだけど、今日のことが、少しでも「うつ病」を改善するきっかけになったらいいな。


そんなことを考えていたら、いきなり背後から声をかけられた。


「カイトお兄ちゃん!」


お兄ちゃん……?

もちろん僕には、妹なんかいない。

混乱しながら振り向くと、見覚えのある顔が街灯に照らし出されていた。


「あおい……さん?」


「うれしい! 私の名前、覚えていてくれたんですね!」


やっぱりそうだ。

有明テニスの森で、セックスについていろいろ質問してきた少女だ。


「もちろん覚えているけど、どうしてここに? 家、このへんなの?」


「はい。すごい偶然ですね。カイトさん、今ヒマですか?」


「ヒマっていうか……もう夜だし、家に帰るところだけど」


「ちょっとだけ、お茶に付き合ってもらえませんか?」


そろそろ夕食どきで、腹が減ってきたけれど……。

偶然こんなところで会ったのも何かの縁だし、きっとまた何か相談ごとでもあるのだろう。


「うん、いいよ」


「わあっ、やったあ!」


少女はいかにも小学生らしい、屈託のない笑顔を見せた。


「このへんには何も店がないから、駅前の喫茶店でいいかな?」


「はい」


僕はあおいちゃんと一緒に、いま来た道を引き返した。

もう少し歩くと、駅のそばに古めかしい喫茶店がある。


喫茶店なんてお金がかかるし、めったに入らないのだが、三太郎に「大人の気分を味わおうぜ」とかいって誘われて、半年ぐらい前に2人で入った。


そのとき本格コーヒーというのを生まれて初めて飲んだ。

あまりの苦さにミルクを大量に入れたところ、濃厚なカフェオレになって、とてもおいしかったのだが……店主に「味がわからないやつは二度と来るな」と叱られた。

僕の知っている喫茶店は、その一軒だけだ。


そのとき、あおいちゃんが立ち止まって、僕の手を握った。


「ここ、ちょっと興味ないですか?」


「え……えええっ? ここ?」


まるでシンデレラ城のようなトンガリ屋根の外観に、ピンクに輝くロゴマーク。

それはラブホテルだった。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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