【第24話】心の弱い少女は試合に勝てますか?

何をジロジロ見てるの!?


言葉にこそしなかったが、小古呂奈江さんの視線には、僕へのそんな気持ちが込められていた。

実際、ジロジロ見ていたのだから仕方がない。


気まずくなった僕が彼女から視線をそらすと、小古呂さんもぷいっと顔をそむけ、すたすたと足早に僕の前を通り過ぎていった。


「小古呂さん!」


僕は自分自身に驚いていた。

引っ込み思案な僕が、まったく面識のない少女に声をかけるなんて、前代未聞だ。


小古呂さんは立ち止まり、僕のほうを振り向いた。


「……? お知り合い……でしたっけ?」


「い、いいえ。知り合いじゃないです」


「何かご用ですか?」


「えっと……。困っているみたいだったので、つい……」


「……?」


小古呂さんは、僕の意図がくみ取れないようだった。


「僕でよければ練習相手をしましょうか?」


「……あなたが?」


いや、無理でしょ。


今回も言葉にはしなかったし、無表情ではあったが、小古呂さんのいいたいことはわかった。


おそらく自分よりも歳下の、初対面の相手。

どのくらいのテニス経験があるかもわからない、見ず知らずの少年。


というか、GパンにTシャツ、スニーカー。

そもそも、ラケットすら持っていない。


そんなやつに、プロテニス選手の練習相手がつとまるとは思えないだろう。


「ラケットだけ貸してもらえれば、たぶん練習相手にはなると思います。あ、でもやっぱり、テニスウェアとか着ていないと無理でしょうか?」


「練習だから、服なんてどうでもいいけれど……」小古呂さんは少し考えて、そしていった。「……やっぱり私、あなたのこと知らないし。たいしたお礼もできないし」


「お礼なんていりません」


「じゃあ、なぜ私の練習相手を?」


そう問われて、言葉に詰まった。

あなたが「うつ病」らしいと聞いて、なんとかしてあげたくて。


──そんなことはいえないし。


あなたのファンなので、力になりたくて。

そんなふうに答えておくのが正解なのだろうが、ウソはつきたくない。

それに、本当にファンかどうかなんて、少し話してみればわかってしまうだろう。


「えっと……その、力になりたくて」


僕がそういうと、なぜか小古呂さんが少し微笑んだように見えた。

ほとんど無表情に近いので、気のせいだといってしまえばそれまでだが、僕にはわずかに表情が明るくなったように思えた。


「じゃあ、コートに」


   *


およそ40分間ほど、僕は小古呂さんのヒッティング・パートナーをつとめた。

天才少女といわれるだけあって、彼女のボールはとても正確で、球速も速かった。


「ありがとう。おかげでいい練習ができました」


小古呂さんは額に汗をにじませて、そういった。


「それならよかったです。さすがはプロですね。うちの学校の、どの先輩よりもお上手です」


「いいえ、感心したのはこっちのほう。あなた中1っていってたわよね。中1で、私のボールを苦もなくノーミスで返球できる人を初めて見たわ。本当に中1?」


「はい」と僕は生徒手帳を見せた。


「あら、本当ね。小学校時代の戦績は?」


「ありません」


「えっ?」


ここで正直に、中学からテニスを始めたといってしまうと、僕がタレンテッドであることも説明しなければならなくなってしまうだろう。


「いろいろ事情があって、試合に出たことがないんです」


「ふうん……」ちょっと怪訝けげんそうな顔をしたが、やがて納得したような顔になった。「……ワケアリってことね。深くは聞かないわ」


「ありがとうございます」


「名前ぐらいは聞いてもいい?」


そういって、小古呂さんは今日一番の笑顔を見せてくれた。

笑顔といっても「微笑」と表現したほうがいいぐらいの笑みではあったが、無表情な彼女が今日見せてくれた、一番の笑顔だった。


こうして話していると、彼女が『うつ病』であることを忘れてしまう。


「伊勢カイト。カイトと読んでください」


「カイトさん、さっきの練習で、何か気づいたことや、アドバイスをいただけますか?」


「僕がアドバイス? プロのあなたに?」


「なんでもいいんです。最近、調子を落としているの。気がついたことがあれば、何でもいって。試合で気をつけることができるので」


僕がテニスに詳しくないこともあるだろうが、正直なところ、技術的には文句のつけようがない。

調子を落とす原因があるとすれば、おそらく精神面──すなわち、心の弱さだろう。


「うつ病」の症状が出て落ち込んでしまったときに、どう立ち直るか。

僕は琴音先生の、あの言葉を思い返した。


──「どうすれば『うつ病』はよくなるのか。それは、周りの人が『心のドアを開けておくこと』に尽きると思います」


つかず離れず見守って、もしも調子が悪くなったときや落ち込んだときには、「わかるよ」「つらいね」といった共感の言葉をかける──それが『うつ病』を回復に導くという話だった。


「僕から小古呂さんへのアドバイスは何もありません。でも、お願いがあります。試合中、僕もテニスコートの中にいてもいいですか?」


そうすれば、いつでも彼女に声をかけられる。


♪∽♪∝♪——————♪∽♪∝♪


『テニスなんかにゃ興味ない!』を

お読みいただいてありがとうございます。


この物語は毎日更新していき、

第50話でいったん完結する予定です。


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